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先客が、鏡の前で熱心に顔を見ている。
翔はその男子生徒を不審に思った。男子のトイレは小用なら一分もかからない。チャックをおろし、出し、チャックをあげ、手を洗って終わりだ。それが手を洗っている雰囲気でもないのにしげしげと鏡を眺めているのには違和感があった。
あえて声をかけず、足音を忍ばせて近づいた。
よく見ると、相手はあの高橋冬彦だった。帰宅部だと思っていたが、この時間まで校舎にいたらしい。珍しく眼鏡をはずしている。意外と整った横顔が見えた。
彼が手に持っているものを見た時、翔は目をまん丸にして硬直した。
唇用の何かだ。
ひび割れ防止の薬用リップクリームではなかった。筒状のオレンジの容器は女子が使う口紅のように見えた。ぽぽや翔の姉が使っているようなやつだ。
彼は鏡の前でそれを唇に塗っていた。
キャップを閉め、上下の唇を合わせてみる。小指の先で軽く端を整える。
翔にはそれが大人の女性のする仕草に見えた。
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