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本来であればここは避暑地としてシーズン真っ只中、大勢の観光客で賑わっている頃なのだが。
「……がらんとしてるなぁ、外も街灯しか点いてない」
カイトが外の様子を伺ってる。
大きな旅館、100人はゆうに座れる宴会場に4人だけの占領状態。
本来は地元食材の懐石料理が振る舞われるが、カイトだけは『ボンゴレビアンコのパスタ』を特注してもらい、とりあえず機嫌は回復したようだ。
「仕方ないこって」
ゲンタが顔をしかめる。
「何しろ『山神』が牛だけでなく人を襲うようなことになれば、この辺り一帯の観光業が全滅しかねんで」
なので苦渋の決断として観光客の受け入れを一時的に全面停止したそうだ。
「流行り病が一段落して『やっとこれから』っちゅうのにですわ」
ため息とともにゲンタが肩を落とす。
「現状を再確認しますが」
タクミがノートPCを開いた。
「最初に山神による被害が出たのは、今年の2月でしたね?」
「ええ、そうですわ。近隣の畜産農家で次々と牛が犠牲になって」
「牛の体重って普通は500キロとかですよね? 羆も大物なら『それが獲物』なんですね」
アオイが少し引いているが、ゲンタは。
「いやいや、ここらの牛は日本短角種 ですんで大人の雄なら体重も約1トン、ホルスタイン種の倍近い巨体ですわ」
と、首を横に振る。
「なのでそう易々と襲われることはないですけども」
開拓時代には徒党を組むエゾオオカミの被害に遭うこともあったが、それらが駆逐されてからは牛の被害なぞ、全くなかったのだという。
「羆というと獰猛なイメージがあるがね」
タクミが画面を見つめながら口を挟む。
「現代の羆は栄養の92%をドングリなど植物から得ていて、肉類は遡上してきた鮭や沢蟹など僅か8%にすぎないらしい」
「へー、意外と草食なんですね。てっきりエゾシカとか襲うのかと」
アオイが目を丸くする。
「羆に詳しいナミノアヤ教授によると、すばしっこいエゾシカを羆が狩るのは困難らしい。なので昔はエゾオオカミが仕留めた死体を横取りしていたようだな」
ネットからタクミが文献を読み取っている。
「やれやれ、1トンの牛を獲物にする巨大羆かぁ。とりあえず僕は宿から出ないようにするよ」
カイトが畳にごろりと横になった。
「この地方では昔から無害な羆を山乃神と呼び、人間を襲う悪い羆と区別してたんで。羆は恐ろしいけんど、割りと上手くやってきたですわ」
嘆くゲンタの顔には野生と向き合う混沌の苦悩が滲み出ている。
「山神は狡猾で『火薬や人の匂いのするもの』に近寄らんのです。なので単なる銃や罠で仕留めるのは難しゅうて」
故に地元の猟師たちも『これでは打つ手なし』となって、帝都大学に支援を依頼してきたのだ。
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