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一度スイッチが入ったカイトに『休む』という言葉はなかった。
キーボードと格闘すること、すでに12時間。その間、何も食わず何も飲まず何も喋らず。キー音とサーバーの冷却ファンの協奏曲。
「ふぅ……」
日付変更線を跨ごうかという深夜になって、やっとカイトが手を止めた。
「何か食うですか?」
心配したゲンタが恐る恐るサンドイッチを持って近寄る。
「うむ。やっと形になったからな。後は『お岩さん1号』の回答を待つしかない」
くるりと椅子を回し、サンドイッチを鷲掴みに頬張る。
「その『お岩さん1号』とやらが、山神のおる場所を計算するんで?」
ゲンタにはカイトたちが何をしているのか理解が追いついていないようだ。
「計算、というか一種の『直感』だね」
もぐもぐと口を動かしながら、視線だけはモニターを追っている。
例えば将棋なら、最新鋭のAIに勝てる棋士はほぼいない。それはAIが自分同士で何億何十億という膨大な対局を繰り返すことで『より勝利に近い戦型』を導けるようになったからだ。
いわば、機械が生み出す『達人の直感』。
「水産庁によると、今年は鮭の遡上が少ないらしい。山神にとって、これは危機のはずだ。越冬する栄養が足りない。牛を襲うのはそれもあるだろう」
狩猟データの入力から戻ったタクミが、点滅するカーソルを注視している。
「だが、牛ばかり狙うと危険が増える。他にも獲物の選択肢が必要なはず。狸とかネズミ、沢蟹とか。だから」
カーソルの点滅が、止まった。
「だから国立科学博物館と気象庁だ」
カイトが最後の一欠片を一気に口へ放り込む。
「山神の獲物になる小動物、それらの餌となる小魚や昆虫、更にそいつらの餌になる微生物などの動向、または気象条件などを片っ端から集めて過去に羆が確認されたり駆除されたデータと突き合わせ『総合的な相関関係』……つまり『直感』を生み出すのさ」
画面が切り替わり、3Dの山肌図へと切り替わる。そこに、1つの赤い点がポツリと浮かび上がった。少しづつ移動しているのが見て取れる。つまり、『それ』が。
「よし、タクミ! ジェットドローンを発進させてくれ!」
カイトの合図で、射出装置に乗っていたジェットドローンが打ち出された。一気呵成に進むその先を、暗視スコープが鮮明に捉えている。
「あれかな? 画面を赤外線表示に切り換える」
カイトがモニターを切り替えると、巨大な背中が赤く浮かび上がった。
「あの巨体、山神に間違いねぇ!」
ゲンタが声を上げる。
「この世界は混沌で電卓を叩けば全ての解答が出せるほど単純じゃあない。だが人は混沌にも立ち向かえる。膨大なデータを取り込み、予言のように混沌から答えを導く……それがAIの本領なのさ」
カイトが、キーボードをジョイスティックに持ち替えた。
「さて、クライマックスだ。消防と警察にも応援を依頼しておいてくれたまえ!」
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