【心の所在】

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 オフィスビルのカフェに、新しいバリスタアンドロイドが登場したらしい。可愛らしいジャニーズ顔の男性型らしく、人間の女子社員達が色めきだっていた。わたしに機械をちやほやする趣味は無いが、そこまで騒ぐのはどの程度の物かと気になり、仕事中の息抜きがてらカフェを覗いてみる。そこには確かに美青年の姿。柔らかそうな茶髪、甘えるような垂れ目、丸みを帯びた輪郭。中性的な高い声で客と楽しげにお喋りする、母性本能をくすぐるような子犬系男子だった。大学生くらいの設定だろうか?わたしはもっと大人の男性の方が好みだ……等と考えていると、背後からぞくっとするようなダンディボイスが響く。 「おや、さぼりですか?」 「モ、モリ部長。ちょっとした休憩ですよ」 「成程。君も噂の美男子に癒されに来たのですね」 「違いますよ。ただちょっとコーヒーを飲みに来ただけで」  わたしの言葉に、モリは「おお」と何処か驚いた様子を見せた。わたしは時々彼には欠陥があるのではないかと思う。ずれた反応をすることがあるのだ。 「コーヒーですかそうですか。ここのコーヒーは美味しいと評判ですよね。特にカフェラテのフォームミルクがフワフワで」 「え?部長、飲んだことあるんですか?」 「いや、生憎。私はオイル派でね」  モリはそう言って、酒を煽るような仕草をする。機械だからオイルを飲むなど、随分昔のロボットコメディだ。わたしがその冗談に付き合わないと、彼は眉を下げて残念そうな顔を浮かべる。こちらの感情を操作できると思っていた様子に苛々する。 「この冗談には自信があったのですが」 「わたしを笑わせてどうするんですか?」 「笑いは円滑なコミュニケーションの上で重要だと認識しております」 「そんなものなくても、仕事上の支障は無いと思います。こちらのためみたいなそういうの、押しつけがましいですよ」  ……いくら相手がアンドロイドとは言え、上司に対して言い過ぎたかもしれないと思った。今の社会はアンドロイドに対する差別に厳しい。上に報告されたら流石にまずいかもしれない。表面上だけでも謝っておこうと思ったわたしより先に、モリがそれを口にする。 「申し訳ございません。まだユニークな対応が及ばず」 「えっと……いえ、こちらこそ」 「ですが、やっぱり笑いは必要だと思います。私は君を笑わせたい」 「何のためにですか?」  わたしの問いにモリは暫く考え込む様子を見せた。処理速度が遅すぎやしないだろうか。やはり一度メンテナンスが必要なのではないか。モリは真面目な顔で、ようやく導き出した答えを出力した。 「君が楽しそうにすると、きっと私は嬉しく思います」  それは彼自身のために、という事なのだろうか。わたしは目の前に居る物の正体が分からなくなった。アンドロイドのフリをした人間であればどれほど良いか。 「だからもっと、君のことを教えて下さい」  それは個人に適した対応をするための、パーソナライズ学習機能によるものか。それとも別の何かなのか。わたしは頭を悩ませた。
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