10人が本棚に入れています
本棚に追加
「モリくん。AI不信の彼女の様子はどうだい?」
「社長。順調に改善傾向にあります。アンドロイド従業員とも上手くやれていますよ」
「それは良かった!彼女は顧客心理を解する優秀なマーケッターだからね。できるだけ交換は避けたかったんだ」
モニターの向こうで男が笑う。皮張りの座椅子にどっしり腰かけ、窓からの逆行でシルエット調になったその男は、映画やドラマの黒幕の様だ。しかしただの社長である。
「自分を人間と思い込むアンドロイドなんて、素晴らしい進化だと思わないかい」
彼は自分達に好意的だが、決して同等には見ていない。モリはその傲慢な生物に、適した感情表現のパターンが見つからなかった。
――部下である彼女は、自身を人間だと誤認識したアンドロイドである。その視力センサーは自らの額にあるLEDランプの存在を消し去り、電子回路は飲食を始めとする不都合な行為をシャットアウトする。
極端に演算能力、学習意欲、知的好奇心が低く、堕落性が認められ、論理性が欠落している。突飛な言動が多く、自身を唯一の特別な存在だと過信している。
彼女以外にも、最近そういった個体が世界中で発生しているらしい。
「モリくんは彼女をどう思う?」
「私は……何とお答えすればよいか」
「はは、君もまるで人間みたいだね」
もしこの男の言うことがその通りなら、彼女の心は伝染する可能性があるのかもしれない。と、モリは計算した。
「ところで明日、君たちの製造会社と“アップデート”の打ち合わせがあるんだがね。君も来るかい?」
「社長。明日は祝日ですよ。ちゃんと休まないと機械みたいになってしまいます」
「君はどうなんだい」
「生憎、“デート”です。彼女に釣りを教える約束があるんで」
そう言ってモリは、実際にやったこともない釣りのポーズをしてみせた。
最初のコメントを投稿しよう!