旅立ちの虹

3/5
前へ
/75ページ
次へ
その時、静まり返っていた、真っ暗な客席にひとつ、またひとつと明かりが灯り始めた。 明かりは瞬く間に客席全体に広がっていった。 それは、客席にいるファンたちが、次々にスマホを開いた明かりだった。 SNSで今の内容を発信する人、週刊誌の写真を添付して、この人を探して欲しいと発信する人、空港で働いている知り合いにメッセージを送る人、空港から旅立とうとしている友人や家族に電話をかける人…。 すると、私の周りが先ほどよりもさらにざわざわしはじめた。電話をしながらこちらを見ている人、テレビやスマホを見ながらこちらを指差す人、いつの間にか私の周りには人垣ができていた。 そして、その人垣を押し除けて、岩崎がやって来た。  「岩崎くん、私…」 岩崎は頷いた。 「わかってる。さあ、彼のところへ行こう」 岩崎が私の手を引いた。 「でも、だめよ。もう決めたことなんだから。私は岩崎くんと行くって、そう決めたんだから」 私は岩崎の手を振り払った。 「そんな辛そうな顔してる君を、僕が連れて行けると思うかい?僕はそんなに無神経な男じゃないよ」 岩崎は私の腕をしっかりと掴み、エスカレーターへと向かった。  「でも、岩崎くんは…」 彼は私の手を引いたまま、どんどんエスカレーターを降りて行った。 たくさんの人たちが私達を見ていた。 「気にしないで。残念ながら、僕はまた遅れをとってしまっただけなんだから」 私と岩崎は、周りの人たちに誘導されて、迷うことなくタクシー乗り場に到着した。 タクシー運転手はドアを開けて待っていた。 「幕張ドームまでですよね」 運転手はそう言うと、ドアを閉めた。 私は窓を開けた。 「岩崎くん、ごめんなさい。それから、ありがとう」 私はそれだけしか言葉が出なかった。 「うん。幸せになってね。荷物はあとで送るから」 彼は優しく微笑むと、タクシーから離れた。 運転手は車を走らせた。
/75ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加