9. お祭りの日に①

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  浴衣に合わせて、下駄も買っていたらしい。そういえば、「鼻緒がめっちゃ可愛いねん」と言ってたような。 「でも、浴衣はもともとカジュアルなもんやから、足元は、何を履いてもいい、ってきいたけど」   僕はフォローするように言う。 「でも……やっぱ、浴衣にあわへん。おしゃれ系のスニーカーならともかく。これは、あまりに普段履き」  彼女は、とっても悔しそうだ。 「う~ん。……そうかなあ? あわんこともないような気がするねんけど」  僕の微妙な言い回しは、失敗だった。 「ほら。微妙な言い方。やっぱりあわへんと思ってるんやろ」  彼女がちょっぴり涙目になっている。 「そんなことないよ。ほら、周り見たらきっと、スニーカーの人とかいっぱいいてるんちゃう?」    僕たちは、顔を上げて周りを見回す。  なぜか、今年は、例年より浴衣姿の人が多いのは、気のせい?  それとも、今年は初めて2人して浴衣にチャレンジしたから、よけいに浴衣姿が目につくだけ?  足元は……う~ん。下駄の人が多いかも。というか、浴衣姿の人のほとんどが、下駄か草履を履いている。なんでや。  彼女が、しょんぼり肩を落とす。 「せっかく、2人おそろいで、浴衣にしたのに。……私がマヌケなばっかりに」  そう言いながら、僕の足元に目をやる。  昨日、彼女に何度も念を押されたので、僕は下駄を履いている。 「ちゃんと、あなたが忘れないでいてくれたのに。うう……」   彼女がうつむく。   「……あのさ、ちょっとここで待っててくれる?」  僕は言った。 「うん」  彼女に、八幡宮への参道の脇で待っててもらうことにして、僕は駅へ引き返す。  この近くに、靴屋さんの類いはなかったか? 少なくとも、今、現時点では、ない。  ほんとは駅前のスーパーに1軒あるけど、この間から改装中で閉まってる。だから、僕は、この下駄を買うために、隣町まで行ったくらいだ。  となると。  僕は、駅のコインロッカーに走る。そこで、ロッカーに預けていた袋から、スニーカーと靴下を取り出して、大急ぎで履く。代わりに下駄を袋に入れてロッカーに放り込む。  ほんとは、どうしても、下駄が足になじまなくて、ここの駅までは、スニーカーで来たのだった。  スニーカーに履き替えると、僕の足は軽くなった。どこまでも走って行けそう。なんなら彼女をおぶっても、お姫様抱っこしても行けそう。  さっきは、一生懸命走っても、前につんのめりそうで、走りにくかったのに。  彼女の待っている場所に戻ると、彼女は、小さな肩をいつもより小さくして、しょんぼり立っていた。  浴衣のひまわりまで、なんだかくたっとして見える。 「ひまわりみたいな、素敵なお嬢さん。僕とお祭り行かへんか?」  僕は、普段とは違う声で、思いっきりチャラい感じで言ってみた。  キッと顔を上げた彼女は、僕だと分かって、ちょっと笑って、へなっと眉を下げた。そして訊く。 「どこ行ってたん?」 「駅のコインロッカー」  ほれ。 と僕は、自分の足元を指さす。彼女とおそろいのスニーカーだ。履き古してはいるけど。 「履き替えてきた。――これで、おそろいやん?」  次の瞬間、彼女が、ポロンと大粒の涙をこぼした。 「え? え? そんな、泣かんかて……」  あわてる僕の胸に、彼女がそっと顔をうずめた。 「好き。……大好き」  彼女のつぶやきに応えるように、僕は、ぎゅっと彼女を抱きしめる。
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