山の中の少年

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 司会者の「黙とう」の声を合図に、みんなが目を伏せた。 ――林田さん、約束通り来たよ。  私も雲一つない真っ青な空に呼び掛けてから目を閉じた。  茨城県見返り村の悲劇から二年二か月。  二宮四郎くんと薫ちゃんと私が村のみんなを成仏させてから、早くも九か月が過ぎようとしている。  今日、八重桜の植樹祭と慰霊碑の除幕式という一大イベントを無事に執り行うことができて、ホッとすると同時に達成感で胸がいっぱいになった。  もちろん私一人の力で成し得たことではない。 「静香さん、本当にありがとうございました!」  挨拶を終えて壇上から下りてきた静香さんに駆け寄る。  黒谷(くろたに)静香さんは健康器具を製造販売するBLACK VALLEYという会社の代表取締役社長で、私たちが彼女の双子の兄の遺体を捜し出した縁から今回全面協力を申し出てくれたのだった。  林田さんが頼もうとしていた見返り村出身の脇坂さんもかなりの額を出資してくれたけど、静香さんがクラウドファンディングを立ち上げてSNSで協力を呼び掛けてくれたおかげでこの公園は見違えるほど整備され立派な慰霊碑を建てることができた。  八重桜の苗木を実際に植え付けたのは三月中旬だったけど、慰霊碑の除幕式に合わせて植樹祭を行うことにした。  公園をグルッと取り囲むように植えられた百本の八重桜が満開の花を咲かせるようになれば、ここも以前のように多くの人が集まる観光名所となることだろう。 「『子どもの頃に遊びに来たことがある』なんて嘘までつかせてしまってすみません」  私が深く腰を折ると、静香さんは「そうでも言わないと何の縁もゆかりもない私が発起人になるのは不自然でしたものね」と微笑んだ。 「植樹も慰霊碑も災害の記憶を風化させないために意義があることだと思います。今回こういう形でご協力できて良かったです」 「そう言っていただけると嬉しいです。公園の整備計画を詰めていく中で、県の職員の方々も『同じ悲劇を繰り返さないように他の市町村の防災マップを見直すきっかけになった』と言ってました」  住民のいなくなった見返り村は隣村に合併されてしまったけれど、見返り村出身者の中には故郷に帰ってきたいと言っている人たちもいるそうだ。  そのためにも、行政による”災害に強い山林づくり”が進められていると聞く。  こうした取り組みが実を結んでいつの日かまた見返り村に住民が戻ってきたなら、その人たちが地中に眠る村人たちのことを語り継いでくれるだろう。
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