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特急の上り電車は満席に近かったけど、全席指定なのでゆったり座れた。私は窓際で薫ちゃんが通路側。
車窓から見えるのは青々とした田んぼや緑豊かな山々で、私たちの住む神奈川県の湘南地域に比べるととても長閑に思える。
今回は死者を捜すための遠出じゃなかったからか、薫ちゃんと二人で小旅行をしている気分だ。
「天国の林田さんも喜んでくれたかな」
「きっと満足してるわよ。優はこの九か月間、本当によく頑張ったわね。大学と仕事の両立だけでも大変なのに、その合間を縫って準備して」
よしよしと薫ちゃんに頭を撫でられたら、ふにゃっと頬が緩んだ。
実は卒業した茅ヶ崎先輩がノートをくれたおかげで、何とか単位を落とさずに済んだ科目もあったんだよね。
「それにしても暑かったね。北関東はもっと涼しいかと思ってたけど、今日の水戸市の最高気温は33℃だって」
私が車両連結部のドアの上に流れるニュースを読み上げると、薫ちゃんも「日本の夏は年々暑くなるわね」とうんざりした顔をした。
神奈川は茨城よりももっと暑いだろう。
最寄駅から家までは徒歩十五分だけど、この暑さでは今のうちに仮眠を取っておかないと途中でぶっ倒れるかも。
そう思った途端に猛烈な眠気に襲われた。
「私、少し寝ていい?」
薫ちゃんに尋ねると「その前にトイレに行かなくて平気?」なんてお母さんみたいなことを言う。
「平気」
「じゃあ、あたしがトイレに行ってくるから、戻るまでは起きてて。車内で刃物を振り回すような奴だっているんだから、気をつけてね」
「わかってる」
そんな会話をして、トイレに向かう薫ちゃんの後ろ姿を目で追っていたら、チカチカと天井の照明が瞬いた。
「え? 何?」
通路の向こう側に座る女性が不安そうな声を上げてキョロキョロしていて、私と目が合った。
と、次の瞬間。
キキーッという金属の軋む音とともに電車が急に減速して、車内の照明がすべて消えた。
私はガクンと前のめりになったせいで、倒していたトレーに胸を打ち付けてしまい痛みが走った。
「緊急停止か?」
「なんで停電したの?」
車内がざわついたけど、外が明るいから照明が消えてもそれほど困らない。
そう思ったのは私だけじゃないようで、「すぐに走り出すだろ」と他の乗客たちも落ち着いた様子だ。
「優! 大丈夫?」
薫ちゃんはトイレに行かずに戻ってきたみたいなので、「大丈夫だからトイレ行ってきなよ」と返した。
「そうね。なかなか発車しなかったら大変ね」
再びトイレに向かった薫ちゃんの予言が的中することになるとは、このときの私は思ってもみなかった。
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