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今、どの辺だろう?
窓の外を見ても鬱蒼とした草木が生い茂る山の中で、この電車がどこで停止しているのか見当もつかない。
さっき小さな駅を通過したのは憶えているけど、駅名までは見ていなかった。
「お客様にお知らせいたします。電車が緊急停止しましたが、ただいま原因を調査中です。発車まで今しばらくお待ちください」
車掌のアナウンスが流れると、「誰かがいたずらで緊急停止ボタンを押したんじゃないの?」という声が後ろの方から聞こえた。
もしそうなら、はた迷惑な話だ。
薫ちゃんと私は家に帰るだけだからいいけど、仕事で東京に向かっている人たちは少しの遅れでもイライラしていることだろう。
そう思って周りの人たちを見たら、「繋がりませんね」とスマホを片手に途方に暮れている。
そうか。停電で車内のフリーWi-Fiが使えないのか。そりゃ大変だと同情していたら、今度は「空調が止まったから暑いな」と訴える人が出てきた。
そういえば、さっきまで快適だった車内の温度がジワジワと上がっている気がする。
「このままじゃ蒸し風呂のような暑さになるぞ! 窓は開かないのか?」
中年男性が何人か立ち上がって窓を開けようとしたけど開かないらしい。
そんな人々の様子を見ているだけで、何だか息苦しくなってきた。
外気温は何度ぐらいなんだろう。
窓に手を当ててみたら、あまりの熱さに反射的に手を引っ込めた。
山の木陰は涼しそうに見えるのにな。そう思ったら、木陰からこちらを見ている男の子と目が合った。
小学四年生ぐらいの、青いランドセルを背負った可愛い男の子だ。
なんで、こんな山の中に一人で?
首を傾げてから気がついた。
「あ……あの子は……」
「『あの子』って?」
いつの間に戻ってきたのか、薫ちゃんが私の後ろから覆い被さるように窓に手をついて訊いてきた。
薫ちゃんの甘い香りが鼻孔をくすぐり、吐息が耳を撫でる。
それだけで頭が真っ白くなっちゃうんだから、私はかなりの重症だ。
「優? 誰か見えるの?」
「あ、うん。男の子があの木の陰に」
私は太い木を指差したけど、薫ちゃんにはあの子は見えないはず。
だってあの子は……。
「あたしには見えないってことは、その子は霊なのね?」
薫ちゃんが窓から手を離して身体を起こすと、男の子は慌てて逃げていった。
たぶんあの子は薫ちゃんの持つ"霊を寄せつけない力"を怖がったのだろう。
男の子がいなくなった途端に車内の照明がパッと点いて、空調の動作音が聞こえてきたのだった。
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