山の中の少年

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 電車内で一斉に安堵の声が上がり、中には拍手する人もいた。  電気が戻ったからと言ってすぐに発車できるわけではないだろうけど、とにかくエアコンが効き始めたのが嬉しい。  また車掌のアナウンスがあり、安全点検をしたのちに発車するとのことだった。 「さっき車掌に訊いたんだけど、緊急停止した理由も停電の理由もわからないそうよ」  座席に座り直した薫ちゃんが私の耳元で囁いた。  私はまた無駄にドキドキさせられて、薫ちゃんを軽く睨んだ。  きっとこんな色仕掛けで車掌さんからも情報を引き出したんだろう。薫ちゃんのいつもの手なのに、何だかモヤモヤする。  私は必死に平静を装って、「原因不明なら、もしかしたら私が見た男の子の霊のせいかも」と心に浮かんだことを話した。  あの子が去った途端に電気が復旧したし、何か言いたげに私をじっと見ていた。 「その男の子の霊が、優に遺体を見つけてもらいたくて足止めしたってこと?」 「うん」  私は大きく頷いた。  しばらくすると電車がゆっくりと走り出し、乗客たちは何事もなかったかのように無口に戻った。  特急電車が時速100キロ以上の通常運転に戻ったら、さっき停車していた場所はあっという間に遥か後方へと流れていってしまった。  あの男の子はまるで生者みたいに鮮明な姿をしていたから、死んでからまだそんなに経っていないはずだ。  山の中で誰にも発見されずに獣に食いちぎられたり朽ち果ててしまう前に、何としても見つけ出してご両親のもとに帰してあげたい。  そんな決意を胸に、私は思い切って口を開いた。 「薫ちゃん、次の駅で下りていい?」 「もちろんそのつもりよ。下りの各駅停車に乗り換えて、男の子を捜しに行きましょう」  当然という顔で荷物をまとめ始めた薫ちゃんに「ありがとう」と呟いた。  私たちはいつもは行方不明者の家族や親しい人からの依頼を受けて捜索を始める。  霊たちが私に何かお願い事があって縋りついてくるのは日常茶飯事で、一人一人に向き合いたいのは山々だけどいちいち構っていられないというのが現実だから。  それに薫ちゃんが常日頃から言っているように、私たちの仕事はボランティアではなくビジネスだから、依頼人から報酬や必要経費をしっかり受け取る。  有償であるがゆえに「見つかりませんでした」と途中で投げ出すようないい加減なことはしないし、辻堂家の家業として成り立っている。  でも、今回の捜索は無料奉仕になるだろうな。  そう思いながら飲みかけのお茶のペットボトルをリュックに入れていると、薫ちゃんが「まずは親のところに行って値段交渉しないとね」とウインクした。  あ、やっぱりお金は取るんだね。    
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