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クリスマスも終わり正月休みに向け人々が忙しくなる年末。
安井陽葵は夜の街をとぼとぼ歩いていた。
“リアリティーが足りないんだよ。君の漫画は。安井さん何歳だっけ? そろそろ色々考える頃じゃない?”
先ほど担当に言われた言葉が胸に突き刺さる。
32歳。賞取って5年。未だデビュー出来ず。
頬に冷たい物を感じ空を見上げると雪がちらちら。
「ちょっと、そこのしょぼくれたお姉さん」
振り返ると古いホテルの前でコック帽の女性がにやりと声をかけてきた。
「これ最後の一個なの。負けとくけど、どう?」
女性コックがワゴンで売っていたのは弁当だった。
「コロッケ弁当?」
「そう、実はウチのホテル今日で営業終了なの。だからこれ正真正銘70年続いたウチのキッチン最後のランチ。残り物には福があるっていうけどさ。これはありまくりでしょ? 縁起物だよ」
陽葵は子供のころから使っている祖母からもらったガマグチ財布を開いた。
「あの、でも私、電車賃しかなくて」
「ありゃー。そっか、ごめん。他探すよ。この弁当だけは売り切りたくてさ。はは」
女性コックは手袋の手に温かい息を吹きかけた。白い湯気が顔を覆う。
陽葵は財布の小銭を全部出してワゴンの上に置いた。
「これで足りますか?」
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