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 誰にも何も言わないまま、あの街を去って今年でもう七年が経つ。  中にはぼんやりとしか思い出せない人もいるのに、彼だけのことはしっかり覚えてる自分が未練たらしくて、馬鹿だなあって笑ってしまう。  いつも真顔でクールだと思われがちだけど、周りをよく見ていて気遣い屋さんなところ。動物に優しいところ。まっすぐに目を見て話してくれるところ。俺をちゃんと認めてくれるところ。  ……全部ぜんぶ、ちゃんと記憶してる。  あれから七年も経ったのだ。彼は白状な俺のことなんてすっかり忘れてしまっただろうか。  だって、忘れられてもしかたない仕打ちをしたのだ。俺なんか嫌われていてもおかしくない。そう思う度に胸の奥がちくりと痛んで、泣きたくなった。  新しい街での生活はそれなりに楽しかった。苛められることはなかったし、転校生という存在が珍しいからか、親切なクラスメイトに恵まれた。  だけど、何かが欠けている。  大切なピースが足りない。    やっぱり連絡先だけでも交換しておくべきだったって、何度後悔しただろう。  それでもあの街に戻る勇気は出なかった。こんな俺じゃ、彼の前に胸を張って立つことは出来ない。情けない姿を晒したって、幻滅させるだけ。そんな分かりきった未来を選ぶことなんてできるはずがなかった。
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