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存在感を消してそろりと壁際に座り込む。いつもの数十倍の時間をかけてのろのろと靴を履きながら、俯きがちに周りをじいっと観察していた。
みんな、キラキラしている。
真剣に発声練習やストレッチをしている姿に、この世界で生きていくんだっていう覚悟が見て取れた。
中でもセンターに立つ青年は、誰よりも楽しそうに笑っていた。アイドルという言葉が似合う、そんな男だった。人を惹きつける圧倒的陽キャ、嫌われ者の俺とは違う。
……俺なんかがここにいて本当にいいのかな。
靴紐を結ぶ手が止まる。
まだ講師は来ていないみたいだし、やっぱり辞退してしまおうかな。あの頃ついてしまった逃げ癖が未だに直っていないのは悪いところだと自覚しているけれど、この居心地の悪さに耐えられない。
そんな考えが浮かんでくる自分に自己嫌悪していれば、なんだかお腹まで痛くなってきた。
「……琴?」
最悪だと泣きたくなっていれば、頭上から控えめな声が降ってきた。どこかで聞いたことのあるような、だけど誰かは分からない。
どうして俺の名前を?
もしかして知り合いも参加してたのかな。そう不思議に思って顔を上げた。
「……え、」
視界に入ったその人物が誰か分かった瞬間、口をあんぐりと開けて固まってしまう。
「まじか……」
彼は思わずそう呟いた。
誰がこんな再会を予想しただろうか。
頭に手を当てて項垂れる彼のことを、俺はよく知っている。
あの頃より大人びて、なんだか色気が増した気がする。……なんて、現実逃避をしながらそんなことを考えた。
――皇紫音。
俺を照らし、導いてくれる唯一無二の光。
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