世界はこんなにも浅はかだ

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世界はこんなにも浅はかだ

 視界の隅に映る平屋から喧騒が耳を覆う。暗い悲鳴と活気盛んなーーが、一間あいて、鼻をくすぐったのは芳しい血の香り。  あぁ、あの人が絶命したのだ。あんなに人に厳しくも優しい声と手の温もりを二度と味わえないのは、この身も同じだった。刻々と冷えていく体温を感じながら、口の中に沸く血の匂いにむせる。朧げにぼやかていく瞳を閉じ、今、意識を手放した。誰かの足音が複数聞こえた気がした。    ーー貴方の声がまた聴きたいーー。  金茶の瞳を持つ人間は家に災禍を招く。  緑樹に囲まれた白アザミ国で、ある家系のみに継承する謂れだ。  賑やかな同世代の集まる学園の一室の片隅。  深緑のワンピースや、ベストとズボンの制服姿の女生徒が仲良しグループで固まる。男生徒は同じく、白いブラウスと深緑のズボンの制服で、賑やかなグループが廊下でボールを投げっこしている。  開け放された窓から陽光に反射して、左眼が星の煌めきのように金茶の色彩が踊る。明るい茶髪は肩よりも上の長さにシャギーで整い、無意識にいじりながら担任を待っていた。  退屈すぎる。  幼い顔立ち、育ち盛りの子供にしては少々節の目立つ手足。  名前を杉園 來未(すぎぞの クルミ)。齢十二を迎える少女は冷めた目で級友を一瞥した。 「こらー、廊下で遊ぶな。入った入った、遅くなったな。こら、前を向いてー」  やっと来た、と姿勢を正す。一番後ろの席なせいで入ってきた一人の存在に気付かなかった。  スーツ姿の担任の一声で前を向くものの、級友は話し足りないのか、ひそひそとお喋りを止めない。 「はーい、静かにするー。今日から【貴族制度の一貫】で転入生が入ります。自己紹介して」  この時期に【貴族制度の一貫】?  相手を認識した瞬間、時間が止まったような感覚が身体を走った。この刹那を來未は一生忘れないだろう。  幼なさが残るものの、精悍な顔立ち、赤みを帯びた黒髪は天パだろうか。一際人目を引く少年は鮮やかな緑色の瞳をしていた。  いかにも運動神経の良さそうな少年は微笑を浮かべる。 「初めまして。私の名前は凰 花音(おおとり カノンと)いいます。これから三年間、よろしくお願いします」  【貴族制度の一環】の前に学園について、話そう。  五歳の四月から入学し、十一歳の三月までの生徒を学年毎に小等部一年から五年。  十一歳の四月から十五歳の三月までを中等部一年から五年に区別される。  來未は中等部二年にあたる。本来であれば、転入生はそれより学年が一つ上だ。そこが【貴族制度の一貫】たるもの所以である。下々たる者の日々を現場で知り、溶け込ませようという、なんとも奇抜で物好きな制度だ。  そうして、ここで三年間を過ごしていく。 「ねぇねぇ、その翠目って魔女を倒した王様のでしょ」 「血が流れてるだけで王家じゃないんだ。残念ながら」 「それでもすごいよー」「ねーっ」  昼休みも終わり、午後に差し掛かる頃には、あっという間に転入生はクラスに馴染んでいた。ただし、異性とほんの少しの同性に限られる模様だ。一部の男子から反感が窺える。  子供だなと思いつつも、自分も子供であったなと苦笑する。  ーーもう今日は帰ろうか。  鞄を手に持ち、未だに転入生で湧く級友を尻目に教室を出た。 「こら、杉園。また授業にも出ないつもりか。久しぶりなんだから最後まで待ちなさい」 「めんどくさいので。んじゃ」 「杉園!」  廊下ですれ違った担任の声も気に留めず、來未は歩く。 「くるみちゃん、また鞄持って抜け出したよ」 「とっつきづらくて怖いよね、あの子」 「金茶の目って呪われてるから、話しかけないほうがいいよ」  理由に花音は小首を傾げた。 「あの子、呪われてるの?」 「知らない、あいつのお母さんがこの前怒鳴ってたのを聞いたよ」 「丸聞こえだよね、近所迷惑ー」 「お母さんは両方とも金茶の目ぇしてたけどなぁ」 「そうなんだ」  ーー金茶の瞳を持つ人間は家に災禍を招く。  こんなにいち早く標的に会えるとは運命の悪戯か、導きだろうか。花音がこの学校に来た目的は、その謂れを受け継ぐ人物を探して保護をする密命を受けてのことだ。  それが初めての花音と來未の繋がりだった。
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