レナ

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レナ

 ボディーソープに新品のスポンジ、イソジンと歯ブラシセット…慣れた手つきで備品類を扱いやすい場所においていく。それが終われば次はベッドメイクだ。  簡易的な造りのそれはベッドというよりソファに近い。  クリーニング済みのシーツを広げ、被せるように敷く。  レナはこのシーツの肌触りが案外好きだ。硬くもなく、ザラついてもいない。かといって柔らかすぎない、程良い感触。  出勤すれば新しいシーツがあり、万が一汚して自分が不快に感じればまた新しいのに交換すればいい。手間はかかっても自分自身が好きな時にシーツを交換できる自由にレナは有り難みを感じていた。  シーツを敷いて枕となるクッションにタオルを巻くと簡易的なベッドが完成する。そして次は自分の番だ。  朝起きてほぼスッピンに近い状態で出勤し、メイクを完成させる。  下地を塗りなおし、ファンデーションを重たくない程度に塗ってアイライン、アイシャドウを引くと吉原の『エデン』在籍のソープ嬢『レナ』が完成する。  在籍して2年。最初は普段使用しないアイラインやアイシャドウやルージュの色使いに違和感を覚えたが、慣れてしまえばそれは自然と日常の当たり前になっていた。メイクも作法も慣れないレナに先輩や店のスタッフ達がアドバイスをくれたおかげで今日までやってこれた。今は鏡に映る『レナ』としての自分を見ても違和感は無く、むしろどうすれば指名を伸ばせるか、今日の接客はどうしようか、という思考が占めるようになった。  メイクを終えたと同時にコールが鳴った。 「レナさん、お写真から50分お願いします」  新規のお客だ。  エデンには主に50分コース、80分コース、120分コースの3つがあり、その他の時間が希望であればお店との交渉次第でショートコース、ロングコースが可能となる。予約無しで来店する新規客は写真指名で大抵50分コースに入るものだ。  レナはそれまでのリラックスしていた気持ちにから仕事モードに切り替える。  お風呂のお湯を調整し、吊っていたドレスに袖を通す。50分とはいえ、お客にとっては1分1秒も惜しいものだし、ましてや写真で見ているとはいえ期待と不安は裏表として存在しているはずだ。その不安を少しでも払拭し、期待以上の時間を提供し、そして次の来店に繋げて指名を取る。  全てが上手くいくとは限らないがその方程式を現実にする為、レナは部屋の隅々、鏡に映る自分自身の姿をこまめにチェックし、最後に男性受けの良いコロンを着けると小さな緊張が走った。 『―新規のお客はどんな男性だろうー ―常連になってくれるだろうかー ―変なお客だったらどうしようー…』  考え出したらキリがないが、どんなお客でも精一杯接客するだけ。最後はそこに落ち着いた。不安を断ち切るように受話器を取り、フロントにコールを入れる。 「レナです。準備できました」  明るい声を出し、笑顔を作る。こうしてレナとしての時間が始まるのだ。
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