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フロント横の階段前でお客を出迎えた。
レナを写真指名をした男性はサラリーマン風で見た感じは40代後半だろうか。部屋がある2階へ続く階段を登りながら軽く手を繋いで他愛のない話をしながら部屋に入った。
佐野という名前の客は部屋ドアが閉まるのと同時にレナの躰に抱きついてきた。
「さ、佐野さん…?」
いきなり抱きついてきた佐野に少しだけ驚いてしまった。
見るからに奥手で、手が汗ばんでいた。女性慣れしていない、もしくは女性に触れる機会が極めて少ないお客によくある事だ。佐野も女性に慣れた男性では無いがそれを悟られないようにと思ってか、抱きついてきたのだろう。
少し驚いたものの、背中に手を回しゆっくりと摩る。
「佐野さん、お上着お預かりしますね」
気にしていない素振りで上着を自然に脱がしていくと、佐野もそれまで抱きついていた腕の力を緩めてきた。
「あっ!ご、ごめんね! 俺、こういった店初めてで、ましてや女性と2人っきりになるなんて機会、そんなに無かったから…嬉しくてつい…抱き締めちゃったんだ」
汗ばんだ表情と早口で弁解する佐野が、心無しか可愛らしく思えた。
「気になさらないでください。緊張するのは自然のことですし」
上着をハンガーにかけながらレナは笑う。
緊張で一杯の佐野に、レナは優しい言葉をかけながら少しずつ服を脱がせていく。小さい子供のように脱がすのは容易では無く、ましてや女性からされているというのが恥ずかしいのだろう。なかなかスムーズには脱げなかったが、焦ること無く時間をかけた。
それほど広くない浴槽の中でそっと躰を密着させたり、手を握ったり。出来る限りのボディタッチをしていくと、それまで握られるだけだった佐野の手がレナのそれを握り返してきた。
先ほどからすれば緊張が和らいできたのか、表情にもリラックスしている様子が窺えた。
レナは佐野のしっかりした手を握り、マッサージをするように手の平を軽く揉んでいく。
「しっかりした手ですね」
「そ、そうかな…」
レナの柔らかい唇が佐野のそれに重なる。腕を佐野の首に回し、浴槽内のお湯がゆっくり小さな波を立てていった。
時間はあっという間に過ぎ、来たときとは打って変わって、笑顔の佐野はレナの手を握り満足気の表情だ。
「ありがとうレナちゃん! 楽しかった! また来るよ」
階段を降りて名残惜し気に手を振る佐野を姿が見えなくなるまで見送った。
50分という時間はお客にとっては短いが、レナにとっては長い時間に感じられる。お客の本質を察知し、緊張しているお客には少しでもリラックスして貰えるよう会話にも気を使い、触れ方の強弱も変えていく。
レナにとってここでの接客は常に一点集中だ。だからお客を見送った後は想像していた以上の疲労感を覚える。心配そうにスタッフから声をかけられたが、笑顔で交わし部屋に戻った。
部屋に戻ると使用したタオルやシーツを取り替える作業を行う。次の予約が入っていればスタッフがやってくれるが、そうでない場合はコールがあるまで待機なので部屋のベッドメイク等はレナの仕事だ。接客が終わったばかりで少しばかりの疲労感はあるものの、レナは部屋の片付け作業が好きだった。
ベッドメイクが終わり次の接客まで時間があるのでしばしの休憩時間が出来た。それまで着ていたドレスを脱ぎ、自宅から持参したTシャツに着替えるとベッドに横になると、さっきの接客で疲労した躰は一気に睡魔に襲われ、レナは抗わず目を閉じた。
レナの出勤時間は10:00〜21:00までで本指名の客が仕事終わりに来店してくれることが多く、朝は夜勤明けや前日飲んでいてその流れで遊ぶ者、出勤前に来店する者も意外と多い。
1日でそこそこの数の男性を接客するので、仕事が終わると躰は疲労困憊だ。接客だけでも疲労は蓄積するが、閑散期になると長時間の待機になる場合があり下手すればほぼ1日待機になってしまう時もある。そうなった時は接客以上に気持ちへのダメージが大きい。一定時間を超えれば保障は出るものの、接客に比べたらはるかに安い。
レナも最初の一年はなかなか指名客が付かず、待機に疲労感を覚え自暴自棄になりそうになったが、そんな時は先輩や入店が同じくらいの同期女性キャスト達と他愛のない会話をし、時には食事に出かけたりもした。話を聞くと、シングルマザーだったり、離婚を機に入店した者やホストに貢ぎすぎて入店した者など。背景が様々な女性達がほとんどでそれらの会話はレナの心を少しだけ安心させてくれた。他人と比べるつもりは無いが、ここで働く女性達は様々な理由でここにきて、日々精一杯生きているのだ。
そしてレナにもここで働くのには理由があった。
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