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「ちょお透真、こいつ大学んとき俺とお前が付き合ってたと思ってるんやけど」
「へえ、咲夜くん、そんなこと思ってたんだ? せっかくだし根拠を聞きたいな」
「いずれ奢る」との言葉どおり、夢月は咲夜に連れられ居酒屋風の日本料理店にやって来ていた。ただし永礼本人は今到着したところだ。
個室には咲夜から「結城」と呼ばれている男が既にいて、夢月は彼と咲夜が話すところをもう三十分ほど眺めていた。彼が永礼の言っていた『もう一人』だとはすぐにわかった。咲夜が苦戦していたから。
咲夜は結城と永礼との交際疑惑をもちかけていた。しかしいくら揺さぶっても一向にそれらしい答えは得られない。適当なあしらいが続いてようやく到着した永礼にかけられたのが、先の第一声だった。困っているというよりもだるそうだ。おそらく毎回こんなことをしているのだろう。
「だって、結城くんと永礼先輩、たまに目で会話してる雰囲気があったし。でも大学内ではそこまで話さないし、他人行儀だし、隠したい仲なのかなって。現に今、永礼先輩が名前呼び許すくらい仲良いし、連絡取ってるし、特別な仲だと思いますよね?」
驚いた。咲夜が敬語をつかっている。ならなぜ結城「くん」なんだ。
夢月はやはり頭を抱える。せめて「さん」にしておけ、と言っても聞かないのだろうな。
「驚いた。咲夜くんにしてはまともな理由だ」
「俺のことなんだと思ってるんですか」
「言っていい?」
「待って、言わないでください、ヤバそうな気がする」
「ちゃんとわかってるじゃない」
「このやりとり前にも結城くんとしたんですよね。そう、話し方が似てる。理論の組み方が」
「流にもそれ言われたけど、そこまで似てるかな?」
「似てます。……って、だから質問してるのは俺ですって」
苦戦の仕方が比ではなくなってきた。手玉にとられ始めた。
いつも自分がしている質問返しを受けているさまは正直胸がすかないわけでもなかったが、度がすぎていてさすがに同情する。
「じゃあ答えようか。付き合ってない」
「ええー、嘘だあ」
「嘘じゃないよ。大学時代から俺は流ひとすじ」
「ということや。残念やったな」
笑顔で断言する永礼はやはり読めない。ただ咲夜をからかって遊んでいることはわかる。結城もだ。ニヒルな笑みがよく似合う。
咲夜は毎回こんな洗礼を受けているのか。のらりくらりした言い回しが身につくわけだ。納得した。
「一之瀬くん、違うよ。因果関係が逆。咲夜くんがこんな感じだから、いじるの楽しくなっちゃって」
……つまり、のらりくらり躱すから、躱せないくらい追い詰めるのが楽しいと? 優しそうな顔してドSか。
「うん、それもよく言われる」
「そうだ永礼先輩! 夢月くんにまで接触ってどういうことですか」
「どうもこうも、仕事頼んだだけじゃない。君にしたみたいにさ。だめなの?」
「だめでは……」
「だめです!」
口を濁す夢月の隣で、咲夜は断言した。
「先輩の魔の手が夢月くんにも伸びるのかと思うと、気が気じゃないです」
「咲夜!」
さすがに叱責する。いくらなんでも失礼すぎる。
すると永礼は笑いながら、鷹揚に手を振った。
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