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「つまり咲夜くんは、俺の魔の手が伸びた流は不幸だと?」 「そこまで言ってません。ただ夢月くんには触らないで」 「いいよいいよ。俺も自分で思うから。俺に好かれた流は大変だなって。俺を選んでほんとに幸せなのかなって」 「自覚あったんですね」 「咲夜!」  ヒヤヒヤする。命がいくつあっても足りない。永礼の自虐はさておき、咲夜はとりあえず先輩相手にそんなことを言うな。……と、咲夜本人に伝わればいいのに。肝心の咲夜はそこまで読んでくれない。 「大丈夫だよ一之瀬くん。この程度では怒らないから」 「怒らせなければいいものではありません。とにかく咲夜は口の利き方がなってない」  夢月が厳しく言えば、ついさっきまで騒がしかった場は静まり返った。 「……新山の恋人や言うから変な癖あるんかと思ったけど、まともやん。びっくりしたわ」 「それ俺も思った。一之瀬くんすごい真面目なんだよ。武士みたいって言われない? あと仕事も丁寧だからうちに来てほしい」 「先輩それしか言わないですよね。でも夢月くんは渡しません」 「あんたはとりあえず一回くらい謝れ」  なぜこの男は反省しないのか。 「えー。俺この前からすごい謝らされてない?」 「それだけのことして謝ってないからだろ」 「一之瀬くん、いいよ。俺らは仕事柄いろいろ慣れてるし、やりすぎなこともあるからさ。お互いさまで」  言い合いを見かねたように優しい言葉をかけられる。 「良くないです。こうやって甘やかすから咲夜が増長するんで」  再び静寂が訪れて、夢月はようやく気づく。 (あれ、今って酒の席だよな? じゃあ無礼講なのか? 俺がしらけさせてる? それはまずくないか?) 「……咲夜くん、ほんといい子捕まえたよね。今どきこんな真面目な子いる?」 「まずおらんな、少なくとも俺らの周りには」 「だから紹介したくなかったんですよ。夢月くんかわいいし」  不安から一転、絶賛の嵐を浴びている。なんだこれは。しらけさせたわけではなかったようで安心したが、とてもかゆい。いたたまれない。  そこで永礼が首を傾げた。不思議とかわいらしい仕草がさまになる人だ。 「咲夜くん、自分で言ってたよ? 恋人ができたって。そのときに一之瀬くんの名前も会社も聞いたし」 「え?」  驚く夢月の横で咲夜も驚いている。なぜだ。  やっぱりあんたか、と思ったのに、咲夜も隠しごとがばれた様子ではない。 「あ、やっぱりか。この前、二人で会ったときにさ、仕事の話終わってから言ってたじゃん。『恋人に腹黒って言われる』って。酔ってたから忘れた?」 「うわ、俺そんなこと言ったの? 最悪」  ジト目で睨む。  自分で話したのを酔って忘れた? 間抜けにもほどがある。  どうりで咲夜に聞いてもだめなわけだ。これでようやく謎が解けた。 「え、あ、あのときか! あれ先輩が潰してきたやつでしょ。うわー」  咲夜は額を押さえる。こんな様子は初めて見た。いつも余裕綽々でからかってくるのに。そういえば今日はそんなことばかりだ。これはこれで楽しいかもしれない。 「あ、ごめん電話だ。ちょっと抜けるよ」  そう断って永礼は席を立った。扉が閉まる前に聞こえた声は、何語かさっぱりわからなかった。 「……ねえ結城くん。永礼先輩、夢月くんにかな? 気をつかってくれてるよね」 「せやな」 「何がですか」  咲夜の確認と、結城の答え。夢月は思わず尋ねてしまう。もう余計な口は挟まないでおこうと思っていたのに。 「今日は永礼先輩が優しいから、夢月くんがいるからかなって」 「……あの人はいつもあんな感じだろ」  会社でもこんな感じだ。初日以降も時々顔を見せては、飄々とした態度を崩さないままほんの少しだけ話して帰っていく。 「んー、なんていうか」  咲夜は言葉を探しているらしい。咲夜が表現に迷うなんてめずらしい。口から先に生まれたような男なのに。夢月はやはり不思議な感慨に襲われる。
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