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「仕事で関わってるから、ビジネスモードが抜けへんねやろ」 「そう、それ! 優しいし手ぬるい。あんなに手のうち見せてくれる人じゃない」 「手ぬるいって、だから――」  いちいち失礼なことを言わないと会話できないのか、あんたは。そう夢月が本日何度目かの呆れを口にしようとした瞬間、結城に手で制された。 「これはな、あいつにちょっとでも近づいた奴なら誰もが思うわ」 「……そうですか」  じゃあやっぱり、自分は仕事以外に接点がないからこうやってものを言えるだけなのか。  ……いや、でも礼儀としてどうなんだ。 「はいはい、それで何の話?」  ちょうどよく永礼が帰ってきた。やはり背が高い。こちらが座っているからかと思ったが、おそらく夢月と同じかそれ以上ある。 「透真が手ぬるいから新山は物足りんのやと」 「へえ。咲夜くん、もっと激しくしてほしいんだ?」 「違いますって! 気持ち悪い言い方しないでください! 結城くんも、そんなこと言ってないからやめて! 先輩、夢月くんがいると優しいなってだけで。え、先輩狙ってないよね?」 「狙ってるよ」  その言葉に引きつったのは咲夜の顔だけではなかった。  既婚者でも油断するなって、助言くれたのはあんただろ。思わず夢月も思ってしまった。 「引き抜きたい。うちに来てほしい。そういう狙いね」  ……え、ああ、なるほど。っていうかあの引き抜き、本気だったのか。 「……もう本気でやめてくれます? 先輩が言うと洒落にならない」 「だから俺は流しかいらないんだって。わかんないかなあ。咲夜くんだって相当遊んでたけど今は一之瀬くんしかいらないでしょ?」  「咲夜くんだって」ということは、この人も相当遊んだ人なのか。あれ、でも「遊び人に苦労した」と言っていなかったか? 「でも抱こうと思えば抱けますよね」 「可能不可能で言えば可能だよ? でも抱きたいかは別じゃん。一之瀬くんを抱かないと流の命が危ない、とかいう状況じゃない限り抱こうとは思わない」  頼むから口喧嘩の題材にしないでほしい。なんとなく傷つくから。 「そんな状況ありえないですって」 「だから、そういうことだろ。総司、新山がしつこい。うざい」  そこで初めて、永礼が笑顔を崩した。「咲夜くん」と呼ばなくなった。拗ねた子どものように唇をとがらせている。 「まあこいつも初めての恋人に舞い上がってんねやろ。寛大な心で許したれや」 「今最高にいらついてるから無理」 「やとよ新山。ご愁傷さま。タイミング悪かったな」 「それ八つ当たりだよね」  対照的に、咲夜はいつもの調子を取り戻している。シーソーみたいだ。どちらかの調子が良ければもう片方は悪い。似ているとそうなるのだろうか。 「八つでも九つでも当たりたくなるさ。皆して俺の休み潰して何がしたいんだよ」 「仕事やろ」 「あーもう、明日は流を……あ、ちょうど流からだ。流、明日仕事になって学会まで送れなくなった」  その場で電話に出た永礼を見て全員が溜め息をついた。自由すぎる。咲夜もここまで奔放ではない。まさか咲夜を「まだマシ」と思わせる人間が存在しようとは。 「夢月くん、すごい失礼なこと考えてない?」 「あんたの先輩への態度よりマシ」 「えー、それって相当ひどいよね」 「自覚あんなら直せよ」 「だからネット予約……あ、わかるか。だよな、悪い。つい癖で」  この人はこの人でマイペースだな。咲夜のこと言えないじゃないか。  そして話し方が全然違うんだな。人懐っこくない。優しい気遣いの言葉なのに、冷徹さの滲む声音。芯から甘ったるい咲夜とは全然違う。全然似ていない。 「あっ、綾瀬くん! 永礼先輩と結城くんって昔付き合ってたよね?」  あんたはなんでそこまでその話にこだわるんだ。弱みでも握りたいのか。……握りたいんだろうな。だからといって横入りするな。
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