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『ああ、新山くんか。久しぶり。あいつらな、そう見えるかもしれないけど付き合ってないよ』  永礼がスピーカーにしたのだろう、低く落ち着いた声が響いてきた。  写真や記事から冷たい印象を受けていたが、夢月が思っていたよりも優しそうな声だった。 「でも友達にしては距離近くない?」 『そりゃ、親戚なんだから友達ではないだろ』 「え? 親戚? 初めて聞いた」 『俺も知ったときには驚いた。透真の父親の祖父の元嫁が結城さんの曾祖母の従姉妹とかだろ、たしか』 「なあんだ。つまんない」  そして咲夜は「お手洗い行ってこよ」と席を立った。ちゃっかり夢月の手を握ってから。 「……これ、流が一番の食わせ者ってことかな?」 「真顔で嘘つくもんな、さすがや」 『あのなあ。俺に「付き合ってないけど寝てた」って言わせる気か? 自分がやったことなんだから自分で始末つけろ。結城さんも。どうせはぐらかしてばっかりで遊んでたんでしょう』 「え……?」  思わず声に出してしまった。それから、しまった、と口を押さえる。 『ん? 他にも誰かいるのか?』 「うん、咲夜くんの恋人の一之瀬くん。あ、紹介しようか」  不意に画面を向けられた。画面には眼光の鋭い女性ウケしそうな顔が映っている。一時は新聞からゴシップ誌まで賑わわせた人物だ。さすがに夢月も知っている。 「流、一之瀬くんだよ」  まさかこの空気でビデオ通話越しにはじめましてなのか。まじで自由人だなこの人は。 「新橋化学工業技術エンジニアリング部の一之瀬夢月です。お初にお目にかかります」 「ああ、日本数理解析研究室室長の綾瀬流生です。……え、これ何? 別に紹介していらないっていうか、紹介されても困るだろ」  この人は常識人だ!  謎の喜びが湧いてくる。自由人が多すぎて常識を見失うところだった。危なかった。 「咲夜くんの恋人なのに真面目だよなって話」 「ああ、たしかに。意外。……それだけか?」 「それだけ」 『じゃあ切るぞ』 「うん、また」  「また」って。やけにあっさりしてるな。世間公認のカップルとは思えない。 「一之瀬くん」 「はい」  とっさに居住まいを正す。ニコリと微笑まれた。 「さっきの、咲夜くんには内緒にしてね」  さっきの……? ああ、付き合ってないけど寝てたってやつ? そうは見えないのに。 「……わかりました」  咲夜の指摘も、ある意味当たってたんだな。 「全部が全部外れてないだけに否定しづらくてね。にしても流、よくとっさにあんな嘘思いついたな」 「お前で鍛えられたんやろ、まず間違いなく」 「やっぱり? 前に『息するように嘘をつくな』って怒られたことある」 「綾瀬も鋭くなったもんやな」 「もう嘘が通じなくて困る」 「お前なあ」  結城と同じ感想をもった。呆れだ。世間で天才ともてはやされている人が、実はこんな人だったなんて。仕事だけはできるようだが。 「それ」  永礼に指差される。しまった、読まれるんだった。
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