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「もう俺には仕事しかないのかな、って思っちゃうよな」  咎められるかと思ったのに、永礼からはまったく予想外の言葉が出てきた。 「綾瀬も奏斗もおるやろ」 「まあそうだけどさ、なんて言うんだろ。失望? 無力感?」 「あー……」  結城は何か察したようでそれ以降黙り込んだ。夢月は何が何だかわからないのに。  とりあえず咲夜、早く帰ってこい。空気が重い。まさかあんたの軽さが必要になるとは。 「総司、それちょうだい。吸いかけでいいから」  永礼が指差したのは結城の指に挟まれていた、火のついたタバコだった。 「ええけど、肺がんなるで」  結城はそれを渡して、胸ポケットからタバコの箱を取り出した。慣れた手つきで箱を叩いて――って、また吸うのかよ。チェーンスモーカーだな。 「あんたには言われたくない」  永礼が言ったのと、肺がんはあんたのほうだろ、と夢月が思ったのとは同時だった。 「……機会喫煙で肺が真っ黒になって肺がんで死ねるなら本望かな」  紫煙を吐き出した永礼がどこか達観したような面持ちで言うから、胸がざわついた。  しかし。 「……本題は?」  どうしたんですか、と問う前に結城が口を開いていた。 「この調子じゃあな。今度流生つれてくる。俺じゃ信用がない」  意味はわからないが、今日の席にはどうやら本題があったらしい。永礼はそれを切り出せないでいる。原因は……綾瀬さんがいればというなら、おそらく咲夜の態度。へえ。  でもそれって、俺が口を挟んでいい問題? そもそもこんな裏話みたいなのも聞いていいわけ? 夢月は顔をしかめる。 「夢月くん」  とっさに咲夜かと思った。声は似ていないが、軽い調子がそっくりだった。 「夢月くん、引き抜きの件、本気で考えてみてね」 「あー! やっぱり先輩、夢月くんのこと狙ってる!」  そこで咲夜が帰ってきた。遅えよ。 「そんなことないよ咲夜くん。名前で呼ぶと親しくなった錯覚を起こしそうになるよね咲夜くん。だからあえて『夢月くん』って呼んだなんてことはないんだよ咲夜くん」 「先輩は絶対それ狙ってるでしょ! やめてよね」  躍起になって会話を割る咲夜の横で、夢月はふと思い返していた。  たしか咲夜と付き合う前だ。初めて一緒にごはんを、と移動した居酒屋で咲夜は似たようなことを口走っていた。「名前で呼ぶと仲良くなった錯覚をする」と。  夢月の顔を見た永礼はわずかに目を細めた。 「へえ、なるほど。咲夜くん、俺の言葉を勝手に口説き文句に使ってくれたわけだ」 「え? あ、そっか。そうなるのか。え、そんな意識はなかったんですって」 「咲夜くん天然だしな」 「俺は天然じゃないです」 「天然物って意味」 「それ絶対褒めてないですよね」 「なんで俺が君を褒めるんだよ。あ、弁護士としての腕だけは買ってる」 「だからそれが結城くんとおんなじなんですって」 「それ言い方とか理論じゃなくて咲夜くん自身の能力の問題だろ」 「……たまに来るド正論、めっちゃきついです」 「ごめん、そこまでいじめるつもりはなかった」  なるほど、これが咲夜たちの普段なのか。咲夜だけが砕けすぎているのかと思えば、永礼も相当言っている。咲夜が「結城くんとおんなじ」と言うからには、結城も同じように話しているのだろう。それならどっちもどっちな気がしてきた。先輩後輩の別はあるが。
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