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「裁判、負けたらしいな。お前の腕は買ってたのに。腕だけは」 「結城くん、人聞き悪いな。負けたんじゃなくて合意したんです。裁判まで行ってません。しかも腕だけはって何回も。俺のことなんだと思ってるの」 「言うていいん?」 「あ、待って。聞きたくないです。どうせろくでもない」 「わかっとるやないか」  先日紹介された小牧は結局、親権を主張しなかった。まあその方が身軽だろうな、と思ったのは内緒だ。ただ小牧を案じていた結城からすれば咲夜は負けたように映るのだろう。それも承知している。弁護士なんて他人からはやいのやいの言われる商売だ。 「それにしても結城くん、俺に仕事いっぱい紹介してくれるよね。俺のこと好きすぎじゃない?」 「気持ち悪いこと言うなや。透真はお前のこと自分で知っとったやろ」 「永礼先輩ね。あの人も不思議な人だよね」  顧問弁護士の依頼をくれた大学の先輩を思い出す。てっきり研究職に就くと思っていたのに、気づけば大企業のCEOに就任していた。血縁でもないのに、平社員から。まだ社会人として九年ほどしか経っていないように思う。異例というよりも、もはや異次元だ。  とっくに忘れられていると思えばしっかりと認知されていたのにも驚いた。嫌われていると思っていたのに仕事を回してくれたのにも。 「おい、前から気になってたけど、なんで俺は『結城くん』やのにあっちは『永礼先輩』やねん。俺の方が透真よりも先輩やぞ」 「だって、永礼先輩怖いし。一回『透真くん』って呼んだことあるんだけど」  そこで結城は目を見開いた。 「……命知らずやな。勇者か、お前」 「勇者じゃないからもう呼んでないんでしょ。あの人、ニコッて笑って突然『咲夜くん』って呼んできたんだよね。『咲夜くん、何か用?』『咲夜くん、いい天気だね』『咲夜くん、名前で呼ぶと仲良くなった気がするね』って。名乗ってないのに名前知ってるし、もう怖すぎてやめたよね」 「いい判断やな。殴られる前にやめて正解やろ。あいつ、未だに俺と綾瀬くらいにしか呼ばせてないんちゃうか。ああ、あと秘書と」 「結城くんが優しく失恋を癒やしてあげた秘書くんね」 「お前なあ」  事実だから何も言えないのだろう。結城はまだこういういじらしさが見えて取っつきやすい。永礼は表裏がありすぎる。最初に絡んだのは咲夜からだったが、今はできれば距離をおきたい。常に傍にいる秘書を尊敬する。 「二十四時間何年も一緒なら勘違いも起こすよね」 「そろそろしばくぞ」 「結城くんは口で言ってくれるから優しいよね」  拳骨が飛んできて頭でコツンと音を立てた。かわいらしい音の割に痛い。そろそろやめよう。 「……綾瀬くんね、あの人もまさかだよね。あれだけ遊んでおいて永礼先輩を選ぶとは思ってなかった」 「不本意ながらそこは同意や」 「結城くんは、自分が選ばれると思ってた?」  鎌をかけてみる。大学時代、結城の方が綾瀬よりも永礼と仲がよかった気がする。友人としてではなく。 「さあ、どうやろな。ゼミは近かったけど」  結城はやはり、簡単には引っかかってくれない。口が堅いのもそうだが、何より頭が回る。さすが首席卒業。 「つーかお前な、法学部のくせに理学サークル入ってくんなや。どんな神経してんねん」
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