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「だって禁止されてなかったし。ほとんど綾瀬くんのファンクラブになってたんだから良くない? 純粋に理系に興味もって入る子、少なかったじゃん」  結城は言い返さず溜め息をついた。それが事実、ということだ。下手に嘘をつくよりも口を閉ざす結城は賢いと思う。この場しのぎの嘘はどうせすぐにばれる。  そこは少し、見習いたい。夢月を不快にさせないようにと重ねる言葉が嘘っぽく聞こえるのは自分でも承知している。 「さすが、わざわざ東大法学部出てまで弁護士なったやつは口が上手い」 「褒めてないよね、それ。というか、司法試験だけなら結城くんも通ってるんでしょ? あ、永礼先輩もか。なんだっけ、俺に負けるのが嫌だったんだっけ」 「あいつも大概負けず嫌いやからな」  そこでふわりと、甘い匂いがした。香水でも柔軟剤でもない、ほのかな匂い。 「総司は否定してよ。君に負けるのが嫌なんじゃなくて、どんなものかなって思っただけ。中卒で受かる程度のものなのかなって。……久しぶりだね、咲夜くん」 「あ、永礼先輩。お久しぶりです。えっ、今日はどうしたんですか?」  いくらあでやかで艶っぽいなどと言われていようが、この男の前では無意味だと思う。本能的に負けを感じてしまう相手。大学の三つ上の先輩、永礼透真。顧問を務めている会社のCEOでもある。咲夜を顧問弁護士のひとりに推薦してくれた人物。咲夜の忙しさの源。  ただ、この人のほうが余程忙しいだろうに。  永礼は席につくと、白金に近い金髪を優雅にかき上げた。 「裁判で負けたかわいい後輩の傷心会をするって、総司から聞いてね。そっか、咲夜くん、無敗伝説終わっちゃったか」 「合意しただけで負けてません。永礼先輩こそ、大丈夫ですか? スケジュールギチギチですよね」 「これからグアテマラにキューバにリビアにノルウェーだから、早めに傷が癒えればいいなと思ってるよ」  負っていない傷を癒やしにとんでもない人を召喚されてしまった、と咲夜は内心戦々恐々とする。永礼は何かと怖い。ビジネスで接することになってから余計にそう思うようになった。  こんな場末のコーヒーショップなんかに寄らずに発ってしまえばいいのに。結城と仲がいいとは睨んでいたが、まさか今ですら連絡一本で来てしまうレベルとは。 「遠慮せずにそっち行ってくださいよ。相変わらずフットワーク軽すぎません?」 「軽くないとこんな仕事やってられないよ」  永礼は「それでさ」と身を乗り出してきた。
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