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「弁護士やめる気になった?」
「なってません」
「はよやめてまえ」
「やめません」
先輩二人からの圧力。これのどこが傷心会なんだ。
「君の頭なら後継に据えられると思うんだよね、あと五十ヵ国語くらい話せれば」
「だからそれが無理ですって。日本語だけで限界です」
「せめて英語と第二外国語は押さえとけや」
「中国語だっけ。話せるとそこそこ便利だよね」
「だから話せませんって」
同じ東大卒でも、学歴のために卒業した咲夜とはレベルが違う。結城ですら英語とフランス語を常用している。フランス語は、フランス人の恋人のせいでもあるだろうが。
つまり日本人の夢月を恋人にしている段階で咲夜が外国語を話す機会はない。
「流も日本人だよ。忘れた?」
数学界のプリンス、綾瀬流生。東大卒で博士課程中にフィールズ賞を受賞し渡英。数年前には永礼とパートナーシップ制度で事実上の同性婚を発表している。忘れられるわけがない。ただ永礼には、自分の恋人も日本人だからといって張り合ってこないでほしい。
……そういえば綾瀬も今や英語とドイツ語とフランス語を話せるのか。大学時代に気軽に話しかけすぎて実感がなかった。気軽に呼びすぎている。今度から『さん』を付けて呼ぼうかな。少し迷う。ああ、でも彼も数年間は向こうにいたしな。
「だから、永礼先輩は帰国子女じゃないですか」
「うん、そうだね。帰ってきたつもりはないけど来日したガールだよね」
どこまで冗談だろう。冗談しか言っていなくて困る。
「君を引き抜きたいのはほんと。言葉は、今の時代通訳機にでも任せればいいんじゃない?」
「心の声と会話するの、やめてくれます?」
怖い。すごく怖い。こういうところが怖い。だから引き抜きに応じたくない。同じ会社とか無理。
「そんな理由だったのか。俺も随分嫌われちゃったな」
この段階でやめてくれていない。読まれて引き続き会話されているのだが。
「おい透真。そろそろやめとけ。傷がひらくやろ」
「ああ、それもそうだ。ありもしない傷がひらきそうだね」
それをひとは「傷つける」と呼ぶ。
「さすが弁護士だね」
「さっきから黙ってても会話進むの、めっちゃ怖いんですけど」
自分だって大胆不敵だとか不遜だとか言われるけれど、この人には遠く及ばない。そういう言葉はこの人のためにあるのだと思う。
「いやあ、かわいい後輩を慰めているはずなのに、おかしいな。なあ総司」
「いじりがいがある、って書いてかわいいと読むんですよねそれ」
「あほか。慰めると書いていじって遊ぶと読むに決まってるやろ。この楽しそうな顔見てわからんか?」
「わからないって。ずっと笑ってるし、永礼先輩とはそこまで仲良くないし」
「そうだったの咲夜くん? 俺のことは遊びだったの咲夜くん?」
「俺もお前とはそこまで仲良いつもりないけど」
「もうやだこの先輩たち。ほんと何しに来たの」
「え? 俺は総司がコーヒー奢ってくれるって言うから」
傷心会じゃなかったのか。世界的大企業のCEOが一杯たった二八〇円のコーヒーを奢られにわざわざ来るな。そして結城は呼ぶな。今回の依頼に関係ないだろう。
「ないけど、咲夜くんの怖がってるとこかわいいからさ。定期的に見とかないと」
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