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「永礼先輩、前より毒性上がってません? ここまで有毒じゃなかった気がするんですけど」
「オブラートを外しただけだよ。劇物になっても愛してるって流生が言ってくれるから」
こんな失礼なことを言っても許してくれるのに。
「それ劇物になるっていうか、本性現しただけですよね。っていうか、綾瀬くんそんなこと言いませんって」
「君が流の何を知ってるの」
だから、目が。鋭すぎるんだって。刃物っていうかピックなんだって。貫通系なんだって。
雰囲気穏和なのにふとした瞬間にこれだから怖い。恋人が絡んだ瞬間に豹変するから怖い。
「何も知りませんごめんなさい」
「透真、そろそろ時間ちゃうんか」
咲夜が平謝りしたところで結城が助け船を出してくれた。……助け船だと信じたい。今まで傍観していたし、なんなら半笑いだったけど助けてくれたと思いたい。
「ああ、そうか。やっぱ秘書に慣れると駄目だな。時計を見なくなる」
その腕時計は飾りなのか。飾りにしては大きいが。
「じゃあ総司、ごちそうさま」
まさか本気でコーヒーを一杯奢られに来ただけなのか。
久しぶりに会う永礼は雰囲気から何から様変わりしていて、ついていけない。
「咲夜くん、俺が生きてたらまた会おうね」
「先輩は八十や百でもまだまだ死なないです。大丈夫」
「そこまではいらないかな。まあでも、もうひとの倍以上生きてる気がするんだ」
それはそうだろう。徹夜での活動量と、日付変更線トリック。同じ日を何度もやり直しているに違いない。飛行機という科学の力で、SFをやり遂げているだろう。
それにしても、こんなセンチメンタルな人だっただろうか。儚げな雰囲気をもつ人だっただろうか。歳をとっただけだろうか。
「……お気をつけて」
空になった紙カップを手に去ろうとする永礼に言えたのはそれだけだった。
その言葉は予想外だったらしく、永礼は一瞬止まってから咲夜にニコリと微笑んだ。
「君も気をつけてね。男前な恋人、とられないようにね」
「え、あれ、ちょっ、それどこで……」
結城にも言っていないのに、一体どこから?
「……へえ。それはまだ聞いてないなあ?」
さらりと爆弾投下するところ、やっぱり変わっていない。
食い気味な結城は以前、フランス人の恋人ができたときに咲夜がおもしろがりすぎた。今日もからかったところだ。きっと根にもっている。
「透真、次コーヒーもう一杯奢る」
「そう? じゃあ明々後日の十九時の便で帰ってくるから、そのあとに」
四カ国も回るなら明々後日に帰ってくるな。もう少し時間をかけろ。とは、さすがに言えない。伝わっているのだろうが、口には出せない。怖すぎる。
「了解。新山、お前も来いよ。洗いざらい吐いてもらうから」
いつもなら吐かせる立場、黙らせる立場にあるのに、ここではいつも逆転する。言いたくなくても、読まれてしまう。来たら負け。でも来ないと、この人たちはわざわざ足を運んでこちらへやって来る。どうしたって負ける。
「絶対傷心会じゃないよね……」
「だからコーヒー奢られに来ただけだって」
そして永礼は立ち去った。大人しく帰られるのも怖い。これも読まれているだろう。
うなだれる咲夜。自分を手の上で転がして笑うのはこの人たちくらいだろうと思う。
(絶対に夢月くんとは会わせないようにしよう)
「そういう決意をここでするからあかんねやろ」
「うーわそうだった。もう俺に勝ち目ないじゃん」
「あるわけないやろ。踏んできた修羅場の数が違うわ。歳上なめんな」
「でも志津ちゃんには勝てる」
「勝たしてくれとるだけやろ。俺らはそんなできた大人ちゃうから」
「えー。志津ちゃんができた大人? それはなんだかなあ……」
「三島さんやったか? 俺の一つ上か。今度誘ってきーや」
「それで勝てるんなら誘ってみようかな」
そうやって口車に乗せられるから負けるんや、と結城は言わなかった。歳の割に幼い後輩をいじるのは楽しいな、と思いながら黙って、誘い文句に迷う咲夜を眺めていた。
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