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「なぜ、私を指名されたんですか。私はご存知のとおり技術エンジニアリング部ですが」 「うん。だから工場の設計頼んでるよね?」 「それはそうですが……」 「咲夜くんに恋人ができたって聞いて、どんな人か見たいなと思っていたところに君の会社宛の案件があったから、せっかくだし君を呼んでみた」  結局はそこなのか。  夢月を名指しする電話が会社に来たときには部内が騒然としたが、蓋を開ければ咲夜つながり。「永礼社長と知り合いなのか?」なんていろいろ言われたけれど、帰ったら「知人の知人でした」くらいに言っておこう。 「ドライだなあ。そういうところがいいのかな?」 「咲夜に、ですよね? よく不満がられますが」 「へえ」 「もっと嫉妬とか心配してほしいみたいです」  言ってから気づいた。そうか、これか。これが読まれて「口を割られちゃう」事故か。親しい人間以外には寡黙なはずの夢月まで気がつけば話してしまっている。これには咲夜も敵わないのか。  たしかに敵いそうにない。黙っていれば主導権を握られる。口を開けば情報を引き出される。どうせ負けることが目に見えている。なるほど。これが永礼透真。平から登り詰めた天才経営者。 「それよく言われるけど、登り詰めてないから。雑用押しつけられただけだから。そりゃ自分の会社に百も二百も外国語話すのがいたら使うだろうけどさ。はじめは通訳だけの予定だったのに、一人でも案外できそうって丸投げされただけだから。筆頭株主だからって今でも会長気にしなきゃならないんだよ? じゃあ自分でやればいいのに」 「あーそうですよね、自分でやればいいのに。わかりますそこだけは」  通訳のあたりはまったくわからないが、最後だけはよくわかる。「とりあえずやり直せ。具体的な修正点は特にないけど」「これは違う。何が正しいかはわからないけど」よく言われる。よくわかる。自分でやればいいのにと言いたい。 「わかってくれたー! 一之瀬くんいい子だなあ。まったく、咲夜くんはお子さまだね。嫉妬されないなんて信用されてる証拠なのに。俺は嫉妬より信用がほしい」  なんだ、この人はまとも……という言い方をすると咲夜がまともじゃないみたいだが、まともじゃないのは絶対にこの人のほうだが、それでも咲夜より話が通じる。大人なのか。そうだ、大人だ。 「おもしろいね一之瀬くん。咲夜くんがベタ惚れなのもわかるなあ」  笑顔を少し警戒する。咲夜と似た人。まさか好みが似ていたり――?  そこで永礼は左手を振ってきた。手を振る距離でもないのに。  ああ、薬指。そういえば既婚者か。パートナーシップだったなこの人は。狙われているかも、なんて心配は自意識過剰だった。咲夜とばかり接しているからおかしくなっていた。 「いや、その警戒心は必要だよ。俺はせっかく寄せてもらってる全幅の信頼を裏切りたくないけど、浮気や不倫なんてざらにあるからね。既婚者だろうと油断しちゃだめだよ」  どちらの側なんだこの人は。 「咲夜くんサイドでは絶対にない、って言いたいけど、難しいね。遊び人に苦労したって意味では君側で、おそらく夜の振る舞い的には咲夜くん側」  真っ昼間から他人で夜の想像をするな。  というか筒抜けなのか。そんなに抱かれていそうな男に見えるのか。  というかこの人、男だな。女性みたいな整った顔なのに、普通に男だな。女性的だとか優男だとか言ったの誰だよ。 「それもよく言われるけどね。ほんとに誰なんだろうね。女顔だから流生にかわいがってもらえてるとか言うやつ本気でありえない。俺が流生をかわいがってるんだって」  心底知らなくていいことを知ってしまった。  へえ、そう。苦労してるんですね。 「そうそう。一之瀬くんはわかってくれるからいいね」  喋らなくても話が通じるというのは、これはこれで楽かもしれない。 「はたから見ると僕が一人でずっと喋ってるように見えるんだけどね」  お疲れさまです。 「ありがとう」  うわあ、まじで通じる。怖。
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