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「君も最終そこに行き着いちゃうのか」
「これ、どうやってるんですか? 本気で心読んでます?」
「あははっ。そんな能力ないよ。目の動きはよく言われるでしょ? あとは瞳孔の収縮、雰囲気、全身の筋緊張、脈拍数、呼吸数とかを見て言ってる。正確には心じゃなくて言葉への反応を読んでる。心理学的なジェスチャーだったりも。親しい人なら考えてることも大体わかるけどね」
脈拍数や呼吸数って見えるんですか。初耳。っていうかそこまで言われて親しくなろうって思える人は少ないだろうに。
「隠しごとしたい人からは避けられるよね、必然」
「でしょうね」
しまった。素で返事してしまった。
いや、でも黙っていても読まれているしな。
ああ、そういう意味では気をつかわなくて済むから楽なのか。
「そういう人もいるね」
なるほど。
「って、なるほどじゃありません。社長、質問があります」
「堅苦しい呼び方しなくていいけど、どうぞ」
社長以外に何があるんだ。代表取締役? CEO?
「名前でもいいよ」
え? 永礼のほうですか、それとも透真のほうですか。
「いえ大丈夫です。とにかく俺……じゃなかった私が聞きたいのは、この場所のことです!」
「かしこまらなくていいけど、場所? クライアント側に出向いてヒアリングしながら図面起こすって、やるよね?」
「うちではやりませんが、やる会社もあります」
「あ、そうなの? 特別待遇だったんだ? じゃあ社長に今度奢っといたほうがいいかな」
「それは知りません」
それよりも俺に奢ってくれ。
「もちろん、いずれ奢るよ。そのうち咲夜くんから誘われるはずだ。総司……もう一人のほうが声かけてるらしいから」
「あー違います! だから!」
違う。読まれてるから脱線したら帰ってこられない。本題はこれじゃない。
「ここ! 社長室じゃないですか! しかも社長のデスクですよね? まさか俺ここで仕事するんですか?」
そう。ずっと解せなかった。
指名された理由もわかった。仕事なのもわかっている。クライアント側にしばらく居座りながら仕事するパターンも知っている。そこに異論はない。というか一介の平社員の夢月には異論を挟めない。そこは諦めている。
ただ社長室はどうなんだ。永礼社長の相手をしながら仕事をしろと? まったくヒアリングできない。しかも永礼社長を押しのけて社長椅子に座らされている。社長を立たせて。絶対におかしい。苦行でしかないのだが。
「あー違う違う、もうじき君の仕事場まで案内するから」
「じゃあどうしてここへつれて来たんですか」
挨拶なら玄関で済んだ……というよりも、社長直々に挨拶なんてしなくていいのに。
「僕が今休憩だからだけど?」
不思議そうに言われても。
そうか、わかった。肝心なところで認識にズレがあるところが咲夜と似てるんだ。マイペースなところが。
「咲夜くんはマイペースだよね。僕は意図的に巻き込んでるけど」
……勘弁してくれ。
「こっちのペースに巻き込むほうが有利に商談できるんだよね」
今商談はしていない。
「うん、休憩だからね」
そこでノックが響いた。入ってきたのは鮮やかな金髪の白人男性。パッと見永礼と似ているが、こちらは目が青い。外国人だ。
「秘書のジルだよ。君の職場には彼が案内してくれるから、ついて行って。ああ、日本語は勉強中だから英語かフランス語でよろしく。僕はちょっと中国行ってくるけど、頑張ってね」
男と軽くやりとりしたかと思えば、永礼は微笑みながら夢月へ告げてきた。
日本にいて日本語が使えないなんてあるのか。そんな想定はしていなかった。まじか。
ちょっと中国って、まさか中国地方ではないよな? コンビニ行く気軽さで言うな。
「……はい。よろしくお願いします」
秘書に続いて部屋を出ると、急激に肩が重くなった。どっと疲れた。
(咲夜があそこまでじゃなくてよかった……)
いわば敵地のど真ん中で抱いた感想は失礼すぎた。
そんな夢月を見て、秘書は少し笑ったようだった。夢月には問い質す気力もなかった。
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