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「ねえ、足立さん。この、おせんべい食べてもいいかしら?」
「はあ?」
大事な話の途中でなにを呑気なことを、と私が怒る前に、ユニフォームのポケットから取り出したのは、菊池さん家の仏壇にあったおせんべい。
さっき、私が二枚くすねて、ポケットに入れてたやつだ。
ギクリと息をのむ私に構わずに、菊池さんはボリボリと豪快にせんべいを食べ始める。
「まあ、美味しいわあ。足立さんは、歯も丈夫だから遠慮なく噛めるし、それにね~! 私、わかったんだけど、若い頃って味覚も敏感みたいよ! 年を取ると、何を食べても美味しいって気がしなかったのは、そのせいかもしれないわ」
満足そうな笑みを浮かべ、食べ終わって服に落ちたせんべいのカスをパンパンと振り払ってから。
「あ、お茶でも淹れましょうか~? 今日は一日ゆっくりしててね? 私、色々やりたいことがあるからちょっとバタバタしちゃうけど」
言い終わらない内に動き出した菊池さんは、勢いよく寝室のベランダを開けて、私の上の布団を剥ぐと干していく。
「ねえ、ちょっと菊池さん! 窓開けると寒いんですけど! この身体、めちゃくちゃ冷えるんですが」
「あら、そうよね~。私も昔、足立さんくらいふっくらしてた頃は脂肪も蓄えていたし、寒さはあまり感じなかったんだけど。ごめんね、ちょっと不便でしょ、ガリガリで」
クローゼットから出してくれた毛布を私に巻き付けるようにした後、菊池さんは次々に仕事をこなしていく。
シーツと枕カバーを剥がし、洗濯機をかけながら部屋の隅々まで掃除機をかけたら、今度は拭き掃除。
バッチリきめていたメイクは、とうに汗で流れ落ち、ゴム手袋で額を拭ってたりするからドロドロだ。
疲れないのかな、少し休めばいいのに。
なのに、なぜだろう。
楽しそうに動いている菊池さんを止められないでいる。
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