9 ゆめの夢

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9 ゆめの夢

気付かれていない今がチャンス! 太陽くんの手をぐっと握り、走り出す。 大丈夫、二人とも透明なままだ。 このままいける!と思った瞬間… ダァンッ 一つの音が響いたんだ。 船の壁が煙と共に穴が空いている。 今の…何!? 運動会の走る時の開始の音…みたいな。 これは……「銃」の音? 見るとあの最初の日みたいに、図書館に居た時みたいに… 黒い影の中から現れたのは… 「このまま逃げれると思うなよ。ガキども。僕が分からないとでも思ったか?部屋を見たらもぬけの殻で縄も不自然にとけている。逃げたと思うのは当然だろ?そして…武器を持っていることも想像は出来たはずだ。それを逃げられるだなんて…詰めが甘いな。」 あの謎のお兄さんだ。 私達を最初に襲ってきたおそらく敵の。 あの船の中にいた奴らと同じ黒いスーツを着ている。 仲間がこんなにいたんだ。 みんなで「魔法の本」を狙ってるの? 何の為に執拗に? このまま黙っていてもすぐに逃げられるとは思えない。 どうしよう…? 冷や汗がまたたらりとたれる。 少しの沈黙が流れる。 最初に声を出したのは太陽くんだった。 「簡単に逃げられるとは思ってないさ。子どもでも逃がす気は無いみたいだし。何が目的…なんて分かり切ってるよな。魔法の本だろ?そうまでして狙う理由は何?あんた達に何かメリットでもあるの?」 銃を持っている敵に対しても堂々と聞き出している。 すごい…! 怖くないのかな? 「メリットなんて分かり切ってるだろ?魔法の本は何でも出来る。君達は魔法の使い方を知らないんだ。何も知らないガキが使うより、分かる大人が使った方が魔法の本も幸せってもんだ。さぁ…三十秒やるから本をこちらに寄こせ。近くに無いなら呼び寄せろ。そうしないなら…この銃でどうするか分からないよ?そうなりたくないなら…言う通りにしろ。そうしてくれればこれ以上付きまとわないし攻撃もしない。君らは普通の生活に戻れるんだ。僕は魔法の本を正しく使う。悪くない話だろ?」 にっと笑うお兄さん。 正しく使うって何? 魔法ってそんな私利私欲の為に使うもの? 違うよね?魔法はもっと夢のあるものだもの。 自分達を守る為や家族やお友達を助ける為に使うもの…だよね? この人はそうじゃなくて… 自分一人の為に自分を守る為に使わない気がする。 ただ、それだけは本当だ。 こんな何かを企んでそうなお兄さんに渡せない。 どうなるか分からないのに、約束も守ってくれるか分からないのに…渡したくない。 どうしたら逃げれる? どうしたら守れるの? 魔法の本もライちゃんも太陽くんも私自身も。 この間は大きな網で体力を奪って逃げれた。 でも今度は銃を持ってるからそうはいかない。 ん?体力を奪う? そうか!体力を奪えば良いんだ! お兄さんに聞こえない様に超小声で私は太陽くんに作戦を相談した。 太陽くんはそうか!と超小声で答えてくれたんだ。 そう、もう出航しているからここは海の中。 逃げられる場所はそう多くない。 だけどそれはあっちも一緒。 あっちの魔法も制限がある。 だからより力を力をと求めてるんだと思うから… 自由に使える力は私達より無いはずだ。 それを利用する! 海の中なら…沢山のお魚さんに協力してもらえば良いんだ! 「海の仲間達よ、悪者めがけて行けー!!」 とこっそりと杖を出した太陽くんに叫んでもらったんだ。 すると海の中からザザザーッと大小たくさんのお魚さん達が謎のお兄さんを襲ったんだ。 「なァ!?」 お兄さんは完全に油断していた。 あんまり完璧な人じゃないみたいだ。 結構油断が多い。 物騒だけど、どこか油断していて、武器も上手く使えていないのかもしれない。 銃を二、三発撃つけど私達やお魚さん達には全然当たらない。 かすりもしない。 くそっと言いながら逃げまどうお兄さん。 船内はそんなに大きく無いからすぐに逃げ場が無くなる。 ドドドドドド…ッ 押し寄せる波と共にお魚さん達が私達の味方をしてくれている。 そのままの勢いでお兄さんに襲いかかる。 かみついたり暴れたり激突したりして悪者とはいえちょっとだけ可哀相…かな? 「ぎゃあああーっ!!?」 大きな悲鳴が聞こえる。 そう、私の作戦はこう。 海の中のお魚さんといえば…マグロさんとか太刀魚さんとかサメさんとかそう、大きなつよーいくじらさんだっている。 あんな沢山の魚さんに追いかけられたらいくら銃を持っていてもいちいち打ってられないし、みんな動きが早い。 マグロさんなんてすごく漁に行くのが大変だってテレビで見て知ってる。 経験を積んだ漁師さんだって体力を大幅に奪われるんだって。 お兄さんは外国の人っぽいし、それを知らないかもしれないって。 子どもだからって油断している所をねらうんだ! その声に気付いた他の敵の人も来たけどみんなもなすすべ無し! みんなで逃げまどう。 そうして最後に…とどめ! 「悪者よ、小さくなれー!」 太陽くんの一声で悪者全員小指サイズの小さな、小さな姿になったんだ。 そしてそれを流れていた小瓶に詰める。 こうしたらもう逃げられないね。 何か叫んでいるけど小さくて聞こえない位。 そうして悔しそうな顔をしている。 「子どものアイディアなめないでよね!」 …言ってしまった。 あんまりこういうこと言わない私。 自分の考えを言う機会が少ないから言うこと自体無い。 だけど、どうしても言ってやりたかった。 なめられているのはひしひしと感じていたから。 このまま海に流すことも出来る。 そうすると帰ってくることはなかなか難しい。 だけどそれはしなかった。 だって…そうしたら敵と一緒だからだ。 理由も聞かないで勝手に行動して困ることをするなんて私には無理。 そして太陽くんにもライちゃんにも無理だろう。 みんな気分が良いことではないからだ。 「…何でこういうことするの?魔法の力はそりゃみんなの為にあるよ。助けてほしいことがあるなら協力はするよ。それが悪いことじゃないならね。独り占めしようとしないなら…どうしてか理由も話さないで自由を奪うのは違うから…お願い、話してほしいの…!」 透明を解いて、今度は目をそらさず真剣に。 この謎のお兄さんにも何か理由があるかもしれない。 悪い事は絶対駄目だし、許すことは簡単には出来ない…けど。 話し合うことは出来るはずだ。 だって言葉は通じるんだもの。 気持ちだって話せばきっと…! するとお兄さんは瓶の中から銃で狙っていた。 いくら小さくなった銃とはいえ銃は銃だ。 当たったら痛い…かもしれない。 怖い…けど、ここで目をつむりたくなかった。 逃げたくなかった。 お願い、気持ちよ届け…! もう一度、真剣にお兄さんの瞳から目をそらさず応じたんだ。 太陽くんは危ないって言ったけど、それも聞かずに。 するとふっと銃を降ろされた。 よく聞くと小さな声で何かを言っている。 なになに…? 「お前は…逃げないんだな。こんな危機的状況でも。…それは自分の為か?それとも…その友達の為か?」 今度ははっきり聞こえた。 聞こえる位大声で言ってくれるみたいだった。 自分の為? それは…そうかも。 自分で決めたことだ。 話を聞くって。 だから自分の為。 そしてお友達の為。 同じ読書仲間で魔法使い仲間でもある太陽くんと魔法の本の妖精さんであるライちゃん。 二人とも大事なお友達だ。 そんな二人を失いたくない。 だからお友達の為でもある。 「うん…!自分とお友達の為だよ!逃げたくないんだ。だって逃げても追ってくるでしょ?あなた達も何だか必死なんだもの。何か理由があるんだよね?私が私自身やお友達の為に魔法を使う様に…あなた達にも何か理由が…」 それだけは堂々と言える。 恥ずべきことなど何も無い。 みんな大事にしたいもの。 自分の将来や大事なお友達や家族の為…何かを必死に頑張る。 それが「夢」だ。 私は周りのみんなが居てくれるから…こうしてここに立つことが出来ている。 それは分かる。 私達が魔法を使える様になったのはそうした「夢」があったからなんじゃないかな? このお兄さんだって前までは子どもだったはずだ。 そうした「夢」があったはずだ。 それがあったなら…思い出してほしいんだ。 「「夢」を思い出してほしいんだ。子どもの頃の大事な「夢」を…私はそれが知りたいの。本が好きで…物語をお友達と話すのが大好き。歌が好き。歌って踊るのが大好き。そういうのが「夢」だよ。そういうキラキラした希望が「夢」で「魔法」なはずだよ。それを思い出してほしいんだ…!」 そう、「夢」はドロドロしたものじゃない。 希望にあふれているはずなんだ。 だから魔法の杖もキラキラしているし、ライちゃんも大事にしなさいって言ってたんだ。 やがてお兄さんはまた口を開いてくれたんだ。
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