八章 暖かな陽だまりと

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 ほんの一分とかからず、扉の向こうから「おしまい」と聞こえてきた。そこから一呼吸おくと、彼は扉をノックした。 「はーい! どうぞ」  思ったいたより元気な声が返り、大智はゆっくりと引き戸を開ける。部屋の中に入ると、絵本を手にした小柄な女性がベッドサイドの椅子から腰を上げた。 「お邪魔します。由紀子さん」 「あら! 大智さん!」  叔母だと聞いていなければ、どんな間柄か想像もつかなかっただろう。彼女は姉と言っても通用しそうなほど若々しい女性だった。ショートカットの黒髪にトレーナーとジーンズという、格好はかなりカジュアルな装いだ。峰永会の理事長夫人と言われても、全くピンと来ないだろう。  そんな彼女と目が合うと、ニコリと笑みが返ってくる。 「初めまして、由依さん。お話しは夫から聞いております。大智さんにお似合いの素敵なかただって、夫も嬉しいそうで!」 「初めまして。あの、これ。よろしければお祖母様に……」  戸惑い気味の自分の手からそれを受け取ると、彼女はそれを持ってベッドサイドに戻った。 「お義母(かあ)様! 大智さんがお見えですよ。お見舞いもいただきました。美味しそうな果物と綺麗なお花ですよ」  さっきの朗読もそうだったが、呼びかけるその声はかなり大きい。そうしないと、ベッドに横たわるその人に届かないのだと思う。はっきりした口調で、ゆっくりと話しかけていた。  ベッドを覗き込んでいた彼女は、体を起こすと果物をサイドテーブルに置き、代わりに花瓶を手にした。 「私はお花を生けてきますね。お義母様にお顔を見せて差し上げてください」 「ええ。お願いします」  叔母を見送ったあと、大智は自分に視線を向けた。促すように頷くと、彼と共にベッドに近づいた。 「お祖母様。おかげんはいかがですか?」  彼が声をかけると、虚な表情の彼女は、見つめていた天井からゆるゆると視線を動かした。そして彼を見ると、何か言いたげに唇を動かしていた。  ここに来る前から、祖母とはほぼ意思の疎通は難しいと聞いていた。彼女はずっと彼のことを、自分の息子だと思い込んだままということも。それでもケジメとして、祖母に一目でいいから自分の妻と息子を会わせたい。それが彼の願いだった。 「大……智……」  消え入るような小さな声で、彼女は確かにそう言った。彼は驚いたように目を見張ると、祖母に呼びかけた。 「そうです。大智です、お祖母様」  必死でそう話す彼に、彼女はゆっくりと顔を動かしていた。  
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