2 情愛

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2 情愛

   。。。  その晩、ホスロは自室に戻って部屋の全ての明かりを消して沈黙した。  吹雪の様相が増して窓板が震える音だけが寝室に響いていた。  夢なのか覚めているのかすらわからなくなるような暗闇の中で、ホスロは目を見開いて己を知ろうとした。  私は何故生きているのか。私は何をするために生きているのか。私は肉親を殺すために生きているのか。私は肉親を殺してまで王にならねばならないのか。  完全な王とは何なのか。  神の祝福を受け、肉親を殺すことが慶ばれる事なのか。それは忌まれるべき事ではないか。  そもそも己を形作る血肉の何ひとつとして変わったところはないのに、なぜ神々の祝福がもたらされたと言えるのか。  ホスロは肉親の命を奪うことに躊躇いを覚えたのではなく、肉親の命を奪うことがなぜ当然のことだと思われているのかを知りたかった。そして何故、殺されることを歓喜して甘んじられるのか、知りたかった。  ホスロの思考は扉が叩かれた事で途切れた。 「誰だ」 「私です」  か細い女の声がした。ホスロの若き妻アルフリードが共寝のために閨に渡ってきたのだった。 「入れ」  そっと扉が開かれ、燭台を持ったアルフリードが顔を覗かせた。 「部屋をずいぶんと暗くなさるのですね」  アルフリードは自分の持つ唯一の灯りを頼りに、寝台に腰掛けるホスロの元へと寄った。17になるアルフリードの照らし出された首筋と手が、いたく艶やかに見えた。きっとさきほど湯浴みを済ませたばかりなのであろう。 「アルフリード」 「はい殿下」 「私はそなたを殺すが、そなたは死にたいか」  アルフリードはホスロとの間に燭台を置いて屈託なくホスロの顔を覗き込んだ。 「私が死ぬとすれば、それは私の意志によってでありましょう。私が殺されるとすれば、それは私の宿命(さだめ)でありましょう。ましてや殿下の手に、完全の王の手に掛かれることを、何ゆえ(はばか)るのでしょう」  アルフリードはホスロの頬を白く柔らかな指先で触れた。その目は瑞々しい恥じらいと喜びで満ちているようであった。 「そなたは私を愛しているのか」 「ええ。この地の続く限りいつまでも」 「愛する者に殺されることは幸せなことか」 「他の誰に殺されるより、とっても」  ホスロはアルフリードの指を握り返し掌に口付けた。アルフリードの体温が高いのを感じた。また、脈拍の速いことも。  アルフリードの心はホスロのものであった。無条件に与えられたその心の、なんと無垢で愛おしいことか。 「ならば私もそなたのことを愛そう。私がそなたの喉に手に掛け、息絶えるその瞬間まで、そなたの瞳から目を離さずにいよう」  ホスロはアルフリードの薄い寝間着の紐をほどき、彼女の柔らかな肉体に体を傾けた。  その夜、ホスロは幾度となくアルフリードを愛で、幾度となく体を重ね、互いの体が溶けて熱が混じり合うように熱く温かな夜を過ごした。  何もかもを忘れ去り、時の過ぎ行くに任せて、ホスロは肉欲を知り、アルフリードを知った。  そして、ホスロは己もまたアルフリードを愛したのだと悟った。  同時にアルフリードに殺されても良いと思えた。    。。。
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