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3 衝動
。。。
誕生会から4日経ち、ホスロは産まれたばかりの弟を見るために母后のもとを訪れた。
馬芹を入れた乳茶が煎じられていて、部屋の中から芳ばしい匂いが外に薫ってきていた。
「母上。ホスロが参りました」
紗布の下げられた部屋の前で、ホスロは中へと呼び掛けた。しかし側に控えているはずの女官たちは、一向にホスロを迎え入れようとはしなかった。
「ホスロです。ホスロが参ったのです」
再び呼び掛けても、女官たちはホスロを案内しなかった。
それは母がホスロと会うことを望んでいないのだと知るには十分な時間であった。
ホスロは炎にも似た衝動に駆られて母の居る部屋へと押し入った。女官たちが慌てふためいてホスロを止めたが、ホスロは振り払って進んだ。
そうして部屋中に掛けられた紗布を取り払いながら進み、寝台で身を起こしている母の姿が紗布の裏に透けて見えた時、ホスロは弟に乳をやる母の影を見た。
ホスロはこのとき、紗布1枚を隔てた向こう側とこちら側で、対岸を見通せないほどの深く広い谷を見たような気がした。
己を拒絶した母が、弟に惜しみなく愛を与えている。同じ腹から産まれたはずであるのに、己にはもう向けられない愛がホスロの目の前で、もう一人に与えられている。
母は紗布の向こうで立ち尽くすホスロを認めると、弟を覆い隠して抱きしめ、身を捩るように寝台を後ずさった。
それには恐怖の悲鳴が混じっていた。それは母が己を忌み、嫌悪していることを強くホスロに叩きつけているようだった。
そうして壁際まで引き下がった母がホスロへと掛けた言葉は「人殺し」のひと言のみであった。
「母上。私はもう去ります。二度と参りません」
ホスロはその場を逃げ去った。
ホスロは目の前にいた母が、母ではない違うものであるように感じた。愛を向けてくれない他人であるように感じた。そして、顔も知らない弟が妬ましくて、どうしようもなく羨ましかった。
ホスロは、母と弟を今すぐ殺したいと思った。
愛する者に殺されるならば命は惜しくないはずであった。そして愛していれば、躊躇いなく殺せるはずであった。
しかし、この殺意はアルフリードのそれとは違っていた。
それは単純で明確な憤怒であり純粋な獣性から来る衝動であった。
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