王記

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王記

【王記 第一編 アズワイードの章】  アシュワールの野に青々と輝く牧草が芽吹く頃、王宮の閨でひとりの貴い子どもが生まれた。  深い碧緑の眼と、淡い亜麻色の髪の子どもは、生まれてよりすぐに神の目に止まり、神は神使の山羊を遣わして、乳を与えた。子は神より祝福された、"神の子"となった  その祝福にあずかった子の両親は、我が子にアズワイードと名付け、大切に育てた。  羊を追う季節が十五回めぐり、神の子アズワイードは見目麗しく凛々しい少年へと変わった。  アズワイードの齢、十五の誕生会(たんじょうえ)の席で、父王は息子に言った。 「神の子アズワイードよ。予には悩みがある。我が王妃、そなたの人の母が新たな子を産んでより、王妃は重い病を患った。どの名医にかかろうとも良くならぬ。そこでそなたに、魔の山パルバーの深き谷底に垂れる氷柱(つらら)の下にのみ咲く、妙薬バハレフの花を取って来て欲しいのだ」  祝福されし子アズワイードは父王の言葉にかしずいて、 「我が母のためならば、祝福されし我が身を以て、必ずやバハレフの花を持ち帰って参ります」  と誓った。  しかし、それは父王の企みであった。魔の山へ立ち入った者は、たとえどれほど祝福された者でも生きて帰ることはない。父王は、祝福されし我が子に、神の名においていつの日か王座を追われることを強く恐れていた。そして、ただの子であろう弟に王位を継がせるため、アズワイードを死地へと追いやろうとしたのだった。  しかし1年の後、アズワイードは苦難の末、腕を失い、視力を失い、やつれ果てた姿で、バハレフの花を持ち帰り、父王の前に現れた。王宮の誰もが驚き、そしてアズワイードの幸運と勇気を称えた。  だが、父王だけはアズワイードの帰還に戦慄した。そうしてその恐怖が冬の闇夜より濃くなった時、父王はアズワイードの眠る枕元に短剣を持って向かい、ひとおもいに突き立てた。  しかしアズワイードは神の祝福の光を放ち、これを退け、父王はその光の中に呑まれて消えてしまった。  アズワイードは深く悲しんだ。ひとつは父を殺してしまったこと。もうひとつは、父が己を殺そうとしていたことにである。  アズワイードはその夜、完全な王となった。  しかし、アズワイードの神の祝福は消え去っていた。  なぜならば、彼の心に父王と同じく猜疑と、執着が芽生えたためである。アズワイードは神の子ではなくなった。  そうして王国は、人による統治を保ち続けた。 ────────── ────── ───
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