月曜日

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月曜日

   月曜日。再会というドラマティックな言葉が潰えた。 『これからもよろしくね』 『また、会えるから』  別れ際、彼女が放ったあれらの文字は、本文の意味を為していない。一文字一文字、別の個体となって散弾しただけだった。  僕は静希に連絡してみた。しかし、彼女からの応答はない。メールを送ってみた。もちろん、すぐに返事はない。いや、きっと永遠に返事は来ない。それを彼女は望んだわけだから。僕は携帯の電源を落とした。  平日昼間の渋谷は、独り男を紛らわすのに十分だった。もちろん休日ほどは混み合っていないが、それなりに若者がいて、観光客がいた。この街はいつだって賑やかだ。飲料の広告がデカデカと貼られている駅前。スクランブル交差点付近でうろつく人々。女子高生のヘッドホンから雑音が音漏れしている。きっと流行りのラブソングだろうか。ユニクロであろうジャンバーを着たヴィーガンの人たちが「肉食反対」を訴えていて、近くでファストフードを食べ歩く青年が立ち止まって彼らの演説に耳を澄ませている。いつだって主張する人がいて、傍観者がいる。そしてだいたいは政治家の匂いがする。  みんな、生きるために何かしら行為をする。僕もそのうちの一人になれるだろうか。 「おかしいとは思いませんか? 動物を殺して生きようとするなんて。動物がかわいそうじゃないですか」  活動家は自分の意志を放つ。 「おかしくねーよ!」  しかし、人によってはそれが素直に受け入れられるとも限らない。主義が違ければ、価値観が合わなければ、人は争う。それは運命としか言いようがなく、たとえイエスキリストであっても避けることができない。  「お前らさ、野菜だけで生活しているんだろう? だからそんなに痩せこけるんだよ。骨じゃん、骨。骸骨」  見れば、彼は先ほどのファストフードを食べ歩く青年だった。ハンバーガー片手に、彼も意思表示をしている。 「骨でも結構です。私たちは環境のために菜食主義になったんです。何もおかしいことはありません」 「出たよ、環境。お前らどうせ、サステナブルとか意識しちゃってんだろう?」 「当然です。私たちは持続可能な社会を形成するために努力しているんです。それの何がおかしいんですか?」  青年が少しだけ間を置いて、ため息を吐く。それからもう一度活動家たちに視線を向ける。 「持続可能ってさ。お前ら、地震で家潰れたことないの? 津波で跡形も無くなったことないの? 無いよな、だからそんなことが言えるんだよ。いいか、持続可能なんて不可能なんだよ。所詮綺麗事なんだよ。俺たちは自然災害によって、呆気なく財産が消え去ったりする生き物なんだよ。だけど、それを受け入れた上で毎日を楽しく生きるんだろう? どうせ死ぬんだ。なら、死ぬときに後悔のないような生活を送るべきだろう?」  すると、その青年は近くにいた黒い服の女性に胸あたりを包丁で刺され、声を漏らすこともなく膝から崩れ落ちた。渋谷に血の水溜りができる。「きゃあ!」と誰かが甲高い悲鳴をあげる。「救急車!」と叫ぶサラリーマンがいる。刺した女は全速力で逃げて、ヴィーガンを哲学に持つ活動家はかさぶたみたくカラッと固まった。  僕はゆっくりとその場を離れて、駅へと向かう。なんとなく東京タワーが見たくなった僕は、スクランブル交差点付近の騒々しいパニックを背に、何度も静希の言葉を思い出す。 『じゃあね、また会える日まで』
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