日曜日

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日曜日

 日曜日の夜は嫌い。僕はそう思っていたが、静希はむしろ日曜日の夜が訪れる瞬間を待ちわびたそうだ。 「サザエさん症候群って言葉があるけど、私は理解できないんだ。別に学校は好きじゃないよ。でも、家って名前の箱にいると、五感が死んじゃうの。テレビを見ていても、シャケを焼いているときも、お風呂に入っているときも、枕元にいる犬のぬいぐるみに抱きつくときも、私は思い出すの。その度、涙が出てくる。どんな感情か、自分でも理解できないけど、心臓だけが誇張されるというか、体内が圧縮されるの。だから学校に行きたくて仕方がなかった。学校は、そんなことないから」  早いうちに母を亡くし、震災後に父を亡くした。叔母と二人暮らしになった静希だったが、家ではいつも孤独だったという。 「だから、あなたに出会えたのかもね」 「お互い、孤独な存在だったからね」  僕らは高校で出会い、それから適度な距離感を保ったまま、十年という月日を共に過ごしている。どちらかが告白したわけではないから、恋人というレッテルは貼られていない。日本人が好む曖昧な関係のまま、毎日のように明日が訪れている。 「ねえ、風二」 「どうしたの?」  東京の真ん中。それなのに、彼女の呼吸する音は鮮明に聞こえた。まるで僕らだけが住む世界に切り替わったように、周りの雑音が鳴り止んだ気がした。 「これからもよろしくね」 「どうしたの急に」  それは子供には出せない、大人になった静希にしか出せない、孤独の笑みと共に発せられる。 「また、会えるから」 「それはそうだ。僕らは気まぐれかもしれないけど、どこかで繋がっている」 「そうね」  静希は時々、散りばめられた星のように儚い存在に変化するときがある。僕はそれを掴もうとするけど、彼女の領域に僕が入ることはできない。 「私が放った光の矢が、あなたの心の的を射る」 「そうすると、僕は眩い光を放つんだろう?」 「そして、孤独になる」 「でも、僕には君がいる」  だから、大丈夫。 「そうね」 「じゃあね、また会える日まで」  僕らは別れるときまで不安定だ。時間を設けるわけでもなく、スケジュールを組んでいるわけでもないから、静希が帰りたいときに帰る。それは僕も一緒だった。トイレに行ったきり戻ってこないこともあったし、映画を見ている途中で帰ったこともあった。それでもお互い、縛られるよりはずっと楽だった。 「うん」  静希と別れ、僕は東京を練り歩く。流行りに染められているからこそ、栄えているからこそ、社会の基盤になっているからこそ、僕はこの街に隠れていられる。そうやって明日も、明後日も、おそらく未来も繁盛した裏側に腰を据えているのだろう。
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