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「別れたいの」
口にした途端、涙が零れた。
膝を抱えて俯く私の隣で、暁斗はずっと黙っていた。ひりついた無言の部屋には、私のすすり泣く声だけが響いた。
いくつもの雫が膝を濡らしたころ、コト、とひとつ音がした。
暁斗が手に持っていたお茶のグラスをローテーブルに置いた音。私は息が止まりそうになる。
また私を一人残して、黙って部屋を出て行くのかもしれない。そうしてこのまま一言も交わすことなく別れてしまうのかもしれない。
自分から別れを切り出したくせに、拒絶されることが途方もなく怖かった。
怖くて、目の当たりにしたくなくて、両手で顔を覆った。
だけど出て行く音はしなかった。
代わりに、私の名前を呼ぶ声がした。
「莉乃」
暁斗が、私を呼ぶ声。それだけで、胸が締め付けられる。
「……俺たち、友達に戻れるかな」
顔を覆った手の中で、私は少し驚いた。私たちが友達だったことなんてなかったよ。喉元まで出かかったそんな言葉を、泣き声と一緒に飲み込んだ。
暁斗が、別れても私と繋がっていたいと思ってくれた。それだけで、押し潰されていた心の痛みが少し和らいだ。
「うん」
濡れた顔を拭いながら頷くと、暁斗は「そっか」と一言だけ答えた。
沈黙のなか、私のしゃくりあげる声は徐々に収まっていった。そろそろ帰るよ、と言った暁斗が立ち上がったころには、熱いまぶただけが顔に張り付いていた。
これからは友達。男友達は、一人暮らしの部屋には来ない。
だから、私の部屋から暁斗を見送るのは、きっとこれが最後。
「これからも、友達としてよろしくね」
精一杯の笑顔を向けてそう言ったのは、ひと月前。
だけどそれ以降、暁斗は音沙汰がない。
意識しないように気をつけていても、つい壁にあるカレンダーに目を向けてしまう。カレンダーを買ったときにハートマークで派手に囲んでしまった今日の日付。
見るたびに、去年のことが思い出されて胸が苦しくなる。
今夜は隣町で毎年恒例の、花火大会。
もし付き合い続けていたなら、一年の記念日だった。
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