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「Alien Abductionって知ってる?」
「エイリアンがどうかしたの?」
「どうやってナツをかっさらっちゃおうかなって思ってたら、ナツの方からチャンスをもらっちゃった」
「何の話してるの?それに、かっさらうって何?」
「うん、誘拐?」
「えっ、私、宇宙人に攫われるの?私を実験台にしてもいい結果でないような気がするんだけど」
定期テストの追試の勉強をしながら、数学の初歩問題で躓いている私は地球人の知能レベルとしては決して高い方ではない自覚はある。
「実験台にはしないから安心して。エイリアンには『外人』の意味があるの知ってるでしょ?」
「もしかして、ホズミン、またそんな風に呼ばれてるの?」
彼は外人みたいなその見た目のせいで、かつて同級生から揶揄してそんな風に呼ばれたことがあったはず。
「そんな顔しないの。ナツは僕のことを心配してくれるんだね?」
「それはだって」
「だって、何?」
「ホズミンがまたイヤな気持ちになったり、喧嘩することになったら心配だし」
「なんでそんなに心配してくれるの?」
「なんでって、それは・・・」
「僕のことが好きだから?」
「はぁ、そんなわけ・・・」
『ない』と言い切るのに一瞬、躊躇してしまった。多分、顔に血流が集中していくのが分かったから。そんな私をホズミンは楽しそうに見てるのが、ちょっと悔しい。からかわれてることくらい、分かってるけど。
コンコン。そんな時、私の部屋のドアがノックされて、お茶菓子とともに母が現れた。
「歩積くん、休憩してね。このアップルパイ、北海道土産なの。結構、人気なのよ」
タイミングが絶妙だった母、グッジョブです。バクバクしそうになる心臓を息を小さく吐くことで抑えることが出来た。
「ありがとうございます」
先ほど訳の分からわないことを言いだして私を混乱させたホズミンは、涼し気にイケメンスマイルを母に浮かべている。
「歩積くんに追試テストの勉強みてもらえば、さすがの夏向の数学のテストもどうにかなるかしらねぇ」
「どうにかするために僕が呼ばれたんですよね?」
「お母さんが余計なことするから、ホズミンが迷惑してるじゃん?」
「余計なことじゃないでしょ、内部進学とはいえ、一応高校受験なのよ。中学3年のしょっぱなの定期テストで追試ってどうなの?」
「それは分かってますって」
「分かってないから、あんな点数とってくるんでしょう?」
親子喧嘩に発展しそうな勢いだった私たちをなだめたのはホズミンだった。
「僕は割のいいバイトにありつけてラッキーだから、これでナツの成績が上がれば、win-winになりますね」
ホズミンに微笑まれた母の表情が穏やかなものに変わる。イケメン、恐るべし。
私の方はと言えば、これはちゃんと成績を上げないと、ヤバいかもと自戒する。だってホズミンの目が笑ってない。ホズミン、たまに黒いからな。今回のすべての原因は私にあるとはいえ。
私の致命的な数学のスコアに激怒した母は、対策を検討し、私に人生初の家庭教師がつけることを即決した。丁度いい人材がそばにいることを思いついたのだ。母は、自分の弟の義理の息子、つまりは私の義理の従兄にあたる歩積を拝み倒して、有無を言わせず、家庭教師を引き受けさせたのだ。彼の名は桐生 歩積、今年度から難関校と言われる大学の1年生だ。
「ナツは中学1年からやり直した方がいいかもね。ところどころ理解できてないところ、あるでしょ?」
母が嵐のように出て行ったあと、私の解き方をチェックしていたホズミンに指摘された。
「ところどころじゃないかもしれない」
見栄をはったところで、すぐばれるだろうから、私は正直に申告する。
「それはそれは。やりがいがありそうだね」
「今からでも間に合うと思う?ホント、数学ヤバくて」
「間に合わせられなかったら、罰ゲームにしようかな」
「えっ、どんな罰ゲーム?」
「僕の言うことを何でも聞く罰ゲーム」
「何でも?」
気のせいか、ホズミン、楽しそうなんだけど。
「このままだと、あと3年待つ必要はないかも」
「3年?もしかして、大学卒業したら、ホズミンどっか行っちゃうの?」
「そうだなぁ、一人じゃ行かないかも」
「えっ、本当にどこか行くの?」
「知りたい?」
「気になるし」
「だから Alien Abduction なんだけどね」
私の頭の上にはクエスチョンマークがいっぱい並んでいたと思う。そんな私の頭の上の『はてなマーク』をひとつひとつ消していくようにポンポンしながら、隣のエイリアンは言うのだ。
「ほら、もう計算ミスしてる。その問題が解けるまで、ナツは休憩なし」
「えぇ、そのアップルパイ、私好きなんだけど」
「解けなかったら、僕がナツの分も頂くよ」
ニマっと笑った隣のエイリアンはアップルパイを口いっぱいに頬張った。リスみたいに頬を膨らますホズミンはなんか可愛い。そんなことを思ってたら、ホズミンの冷たい眼差しビームに狙撃された。
「罰ゲーム、スタートしてみる?」
「いえ、結構です。ちゃんと頑張ります」
中学3年生、長谷 夏向、苦手な数学と膝詰めで向き合うことになりました。
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