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聞き取り調査の折には、私は蓋をしていた記憶をどうしたところで思い出さなきゃいけなかった。
あの頃は、学校に行けても、トイレの個室から出られなくなることがあった。何となく感じていたいつもと違う視線。それが少しずつ、でも確実にジンワリと広がっていく。学校で抱くようになった強い疎外感。孤立していく自分。昔から忖度なしに自分の正しいと思ったことは言わずにいられなかったから、多少のアゲインストの状況には耐性があったけど。そんな自信なんか、あっさりと砕かれるくらいの逆風。体育の時間や、班分けやらが絡むと顕著だった。誰も私と組んでくれる人はいない。見かねた先生が声をかけてくれて、なんとか収まるんだけど、私の存在はクラスで浮きまくっていた。思ったよりもずっと今の状況が厳しいということに、最初は目を向けないようにした。少なくとも私には美月がいると思っていたから。
「桐生さんも結構キツイヨネ。従姉なのにね?」
トイレの個室で聞いた信じたくない一言が致命傷だったのか。私への冷遇の最初の首謀者が美月と知った時の私の絶望。それは、思ったよりも大きかったらしい。それから間もなくだったと思う。学校に行こうと玄関で靴を履いているときに私は眩暈がして、そのまま気を失ってしまった。
「大丈夫?最近、元気ないよね?」
私が学校を休んだ時、わざわざウチにやって来て、心配そうに私の顔を覗き込む美月。こんな表情を浮かべられると、私をいじめている首謀者が美月だという事実が嘘なんじゃないかと思えてくる。でも彼女は私が弱っていくのをきっと心の中で笑ってるんだ。
「大丈夫だから、もういいよ。少し眠りたいから、もう帰って」
何も知らない母は、私を心配して訪ねてくれた美月を私の部屋に上げたらしい。
「そうだね、また来るね。宿題とか、課題とか出たら持ってくるし」
「ポストに入れておいてくれたらいいから。ベッドから起き上がれない時もあるかもだから」
「それなら鍵でも預かろうか?伯母さん、留守の時も多いし。そしたら・・・」
「余計なことはしないで」
思ったよりも強い声が出た。ここまでの私からの拒絶は初めてだったよね?それに美月が驚いた顔をした後、一瞬、視線が泳ぐ。私が知らないとでも思ってた?美月が発端だったんだよね?彼女の様子を見ていれば、私が事の顛末をしっていることが分かったんだろう。
それ以来、美月とは二人で話していない。
それから間もなく、学校に行けなくなった私をほおっておけなくなったのか、仕事をずっと頑張ってきた母がいきなり休職願いを会社に出したという。私が登校できない状況に真正面から取り組み始めるためなんだろう。詳細を語りたがらない私に、「違うの学校に行ってみない?」と提案してくれたりもした。母は母で必死だったと思う。それでも私は動けなかった。そして、ついに祖母までが動いた。それが三世代の女子旅につながるのだけど。祖母だって、私と母を捨てる形になった父のところに行くのは本意ではなかったと思う。その否定的な感情を乗り越えてでも、私を外に出したかったんだ。
「夏向はここで終わるような子じゃないのよ」
そんな励まし方は祖母らしいというべきか。
旅先一日目に寄った神社に大木があった。
「この木なんて何百年生きてるのやら。私たちの一生なんて、この木の年輪のほんの少し分しかないんだよ。夏向は、もっと自分の好きなことをしてみなさい。自分を甘やかしてもいいからね?」
祖母はあまり説教じみたことを言う人ではないけれど・・・
「甘やかすって?」
「夏向は不器用だからね。そうさせたのは私のせいかもしれないけどね。夏向の母親を育てたのは私だし。夏向が何と闘っているのか知らないけど、自分を嫌いにならず優しくしてあげなさい」
「何それ?」
「無理して高校に行く必要はないんだよ。高校は義務教育じゃないんだから、そもそも行っても行かなくてもいいんだから」
そうか、祖母は父の考え方に近かったのかもしれない。父も同じことを言っていたし。母は私になんとしてでも、せめて高校は卒業させたかったらしいけど。
「高校って、無理して行かなくてもいいんだね。ばあちゃんの言う通りだ」
なんか肩の力が抜けたような気分になっていた。祖母がそんな柔軟な考えを持っているとは意外だった。
久しぶりの外出のせいか、私は旅の中盤で熱を出してしまい、回復まで、そのまま父の所で過ごすことになった。解熱すると、少し体が軽くなっていて、なんとなく、そのまま居ついてしまった。流れで、こっちの高校に転校を決めて、なんとか私の引きこもり生活は幕を下ろすことが出来たのだ。
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