そのままがいいと言ってくれたから

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 同じ学校に通う夏向ちゃんと美月はとても仲がよさそうだった。クラスは違うし、雰囲気が真逆といってもいい二人だったけど、本当の姉妹のようにも見えて、ほほえましかったくらい。  さすがにちょっと大変さを感じた大学受験を終え、時間を持て余し気味の時に、高校の内部進学を控えている夏向ちゃんの家庭教師を頼まれた。断る理由はなかったから、引き受けた。  今までは「歩積君」と呼ばれていたけど、「歩積先生だね」と呼ばれるようになると、ちょっとこそばゆかった。さすがに「先生」は勘弁してと言ったら、「ホズミン」と夏向ちゃんは僕を呼ぶようになった。これは「歩積君」の「く」が取れただけらしい。こっちの方が呼びやすいからという理由。本当にそれ以上の意味は全くなさそうだった。でも、ちょっと距離感が今までより縮まったような気がして。だから僕も「ナツ」と呼ぶようになっていた。ナツは伸びしろの多い子だったから、やれば出来る子。頑張ったご褒美にパンケーキをごちそうしたり、遊園地に連れて行けば、子犬みたいにはしゃぐし。なついてくるし、ひたすら可愛い。  でもナツが高校1年生になったあたりから様子がおかしくなっていった。  中学3年のあの絶望的な成績から、高校では美月と同じ進学クラスにも入れたというのに。ナツに何が起きている?  ナツに理由を聞いても「何でもない」としか答えない。絶対、これは「何でもなくはない」。確信だ。  美月に聞いてみても、明確な答えはない。でも、気になって、ちょっとウザイくらいに聞き続ければ、「約束を破った夏向が悪いのよ・・・今、彼女、クラスで浮いてるのよ」とナツの置かれている現状をやっと聞き出すことが出来た。  ナツと僕が二人で遊園地に行ったことをなぜか彼女は知っていた。ナツが言うとは思えないし、誰かに見られていたのか?僕は美月にクラスで浮かないように仲良くしてやってくれと頼んだ。僕からの頼み事なんて、初めてのはずだ。  ちょっと驚いた顔をした美月は、表情を曇らせると条件を出してきた。孤立しているナツをフォローする代償が欲しいと。つまりは、僕が自分と付き合えばという条件だった。  美月の僕への気持ちは以前から何となく分かっていたけど、美月とは義兄妹の関係なわけだから、それを崩すことはさすがにないと高をくくっていたのがいけなかったのか。  あの時の、僕はたかだか大学生になったばかりで、何の力もなかった。ナツたちと同じ高校は卒業してしまったから、長い時間を過ごさなきゃいけない学校でナツのことを僕が直接守ることは出来ない。だから僕は美月の言いなりになった。それから間もなくして、美月はナツに、自分が僕と付き合うことになったと言ったらしい。その頃から、僕がナツに連絡しても返事がこなくなった。家庭教師の時間も減っていき、気が付けばナツは不登校になっていた。 「ナツが学校に行けていないなら、話が違うじゃないか」  僕は美月に怒りをぶつけていた。そんなことをしたところで、もう手遅れだったのに。 「もう私ではどうにも出来なかったの。仕方ないじゃない?」  そう答えた美月が僕に縋ってきたけど、はねのけた。  心配で様子を見にナツの家に行っても、伯母さんから門前払いを食らうようになっていた。  あの暴力事件以来、ナツに誕生日ごとに贈っていたハンカチも受けとってもらえなくなった。どうすればいい?ナツを守る術はないのか? 「心配してくれているのは分かっているけど、当分、夏向のことは放っておいておくれ。それがあの子の望みだから」  ばあちゃんからそう言われたことが決定打だったと思う。そうか、今の僕には何もできないのか。  アメリカ人の実父からはこちらに来ないかと大学生になったころから打診はきていた。母と離婚した時は僕の引き取りを拒んだくせに、僕が日本の最高学府と呼ばれる大学に入ったあたりから態度が変わったらしいのだ。実父は母と離婚後、再婚し子供をもうけたらしいけど、結局、破綻。再婚相手との子供は自分の本当の子供じゃないことが判明したものだから、俄然、僕に興味をもったということらしい。その頃の実父は事業に成功し始めていたけど、大病をしたばかりだったから、跡取りも気になっていたのだろう。  実父に対してはあまり良い感情を持ち合わせていなかったけど、自分は今のままではいつまでたっても何の力もないままだと自覚した。ナツには何もしてやれない。ナツの現状を変えられるパワーが欲しかった。だから僕は父のもとに行くことにしたんだ。一足飛びに力を手に入れるには、これが1番のショートカットだと思ったから。ただただ、ナツを守りたかった。
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