守ってあげられなくてゴメン

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「最近、ナツが元気ないんだけど」  僕が美月に相談らしきことをしたのは、まだ梅雨入り前の時期だったと思う。 「それ、全部、歩積のせいだから」  美月がそう言い切った光景が10年以上たった今でも、いまだに忘れられない。  どうやら美月の友達に僕とナツが一遊園地に緒に行ったところを見られていたらしかった。春休みに美月がその友達とたまたま同じ遊園地に行った時、「そういえば長谷さんと美月のお兄さんが二人で来てたよ」と聞かされたとか。そういうことか。ナツが「美月を誘わなきゃ」と気にしていたことを思い出して、自分の詰めの甘さに頭を抱えたくなる。美月の狡獪な計画は、二人が高校1年の新学期前から始まっていたのだ。 「歩積君が私と付き合ってくれたら、()めてあげる」  そう美月が言ったから、ナツを守りたくて、その口車に乗ってしまった。  それが僕の失敗の始まり。その時点で、何もかも手遅れだったというのに。 「ホズミンは美月と付き合ってるの?」  まだナツが学校に行けていた頃、家庭教師をしている時に、ナツから聞かれたことがあった。ナツには『違う』と言いたかったのに、なんで、あんな曖昧な態度をとってしまったのか。自分の不甲斐なさには後悔ばかり。あの時、せめてナツに否定できていたら、もっと状況は変わったかもしれないのに。僕にはナツを守るだけの力がなかった。だから僕は決めたんだ。  ナツが学校に行けなくなり、家庭教師も止めると言ってきたあたりから、僕は誰にも邪魔されない(ちから)を手に入れるための準備を始めていた。 「この桐生の家を出ることにしたよ」  きっとこの小悪魔は、僕を離そうとしないんだろう。だったら僕から距離をとればいいという結論を出したのだ。 「何を言ってるの?」 「もともと大学を卒業したら、父のところに行こうと思っていたから」 「私のことはどうなるのよ?」 「何も。君は僕にとって、もともと、他人だから」 「他人じゃないわ」  状況が自分と意図していない方向に向かっているのを自覚した美月は焦りの色を見せ始めていた。 「そうだね、戸籍上は今のところ義妹ってことになってるか」 「私たちは付き合ってるじゃない?」 「ナツを守りたくて付き合うとは言ったけど、結局、約束は履行されなかったわけだし。どちらかというと事態は悪化する一方だ」 「全部、私のせいだというの?」 「僕自身のせいだよ」  僕のその一言に美月は蒼ざめた顔を伏せる。 「・・・それは違う」  とても小さな反論が聞こえたような気がしたけど、美月と二人で会話をするのは、これで最後にしょうとその時、決めたんだ。  もう二度と君と過ごす時間はごめんだと思ったから。  それから僕はナツの母親の所に謝りに行った。1番に謝りたかったのはナツ。だけど、彼女の部屋のドアは僕の前で決して開くことはなかったから。自分が原因で美月が起こしてしまったらしい今回の出来事を美登里伯母さんに説明するのは、決して容易なことじゃなかった。でも、今の僕がナツに出来る唯一のことはそれぐらいで。外に出られなくなってしまったナツにしてあげること、それは真実を伝えることぐらいしか思い浮かばなかった。学校でナツがいじめられていて、その最初の原因を作ったのは美月らしいことを告げた。伯母さんの表情がどんどん曇っていく。仲がいいと思っていたいとこ同士は、僕のせいで仲違いをすることになってしまったのだから。それは、ナツが不登校になるくらい致命的に。結局、僕はナツに何も出来なかった。自分の非力さが堪らなかった。  それから間もなくして、僕は日本を離れた。それから僕はナツに会えないでいた。  
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