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仰向けになって、狭いダイニングキッチンを見回す。
二人で選んだピンクのカーテン。壁には明日香の趣味で、ドライフラワーの花束がいくつか吊るされている。白木のローテーブルは汚れやすくて、毎食後の拭き掃除が必要だ。身体を横に倒すと、寝転がっているボタニカル柄のラグが目に入った。
あと数ヶ月でなくなってしまう、私たちの小さなお城。
「莉子、酔ってる?」
不意に、明日香が心配そうに聞いてきた。
「全然」
「なぁんだ。あのさ、結婚式の時なんだけど、莉子に友人代表のスピーチをお願いしてもいいかな?」
「えぇ~……」
ああ、私には、失恋をきちんと消化して忘れる時間も与えられていないみたいだ。このまま彼女と一緒にいても、秘密の地獄が続いてゆくだけなのに。
それなのに。
「しょーがないなぁ。明日香には、私くらいしか友達いないもんね」
私は本心を隠して、冗談っぽく笑う。
あーあ、私ってば、自分の心のケアより、好きな人が今この瞬間に笑ってくれることを優先させちゃったよ。バカでしょ?
何も知らない明日香は、ホッとしたように胸を押さえた。
「良かった~。莉子は私の一番の親友だから、是非やって欲しかったんだぁ」
そのまま、私にとどめを刺すように、涙をひとしずく落とす。
「私が結婚しても、ずっと友達だからね! これからもよろしくね、莉子」
これからもよろしくね。呪縛めいたフレーズが、私の心をぎゅうぎゅうに締め付ける。
私はあまりの苦しさに、泣き出しそうになった。だけど、そんな歪めた表情すらも、彼女には祝福の意味に履き違えられてしまうのだろう。
「ほんっと、しょーがないなぁ……これからも、明日香の友達でいてやっか!」
私の可哀想な舌は、ハイビターな不幸を舐め続けたせいですっかり麻痺して、嘘の言葉しか形作れなくなっている。
だから、本音は心の中だけで言うよ。
明日香、結婚おめでとう。
どうか幸せに、ならないでね。
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