「第一話  聖少女生誕 ~鋼鉄の槍と鎌~ 」1章

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「第一話  聖少女生誕 ~鋼鉄の槍と鎌~ 」1章

 漆黒の闇。何万光年という気の遠くなる時間を旅して届く、星星の光たち――  空気も重力もない、ただ宝石を散りばめた美しさと、どこまでも深い静寂とが存在する、宇宙空間。  その秩序を乱して、巨大な火球が、黒の海を引き裂く。  光の帯は、チリと大音響を撒き散らし、流星となって突き進む。  青く美しい、星へと―――  1章  銀色の少女のしなやかな指先から、光の帯が放たれる。  灼熱の炎の色をした鎧と、二つの凶悪な鋏とを持った、蟹によく似た生物にそれは巻きつく。  周囲への影響を考えてか、少女の顔をした巨大な戦士は、海岸に現れた巨大蟹を、山あいの民家のまばらな砂浜で迎え撃った。二つの生体の巨大さを比較する建造物はほとんどなかったが、大地を踏みしめる度に起こる震動が、その規格外な大きさを知らしめる。    銀の無表情のマスクには、美少女といって差し支えない、バランスの取れた目鼻立ちが浮かんでいる。紫色の幾何学的な文様がデザインされた体には、その華奢さからは想像できない力が秘められているのだろう、どうみても倍の横幅はある毒々しい赤色の甲羅の動きを、絡め取ったリボンで牛耳っている。  「キャプチャー・エンドッ!!」  白い帯を、さらにまばゆい光が、少女戦士の手から巨大蟹へと伝っていく。  三重に巻きついたリボンから、聖なるエネルギーが鎧の持ち主に流される。  「ギャオオオオオ―――ッッッ!!!」  海面が波立つ。煙をあげた巨大蟹が痛撃にむせぶ。生き抜こうとする生命の本能が、鋭利な鋏で白いリボンを切らせた。  「えッッ?!!」  フィニッシュとして放った拘束技を破られ、予想外の事態に、銀と紫の戦士は慌てる。自慢のリボンが切断されるシーンなど、夢に描いたことさえなかったのだ。そして、更なる“予想外”が聖なる少女を襲った。  横にしか進めないはずの蟹が、猪のごとく突進してきたのだ。  真っ直ぐに向かってくるものを避けるのは、予想以上に難しい。  次の瞬間、この眼前の敵が、「蟹」ではないことを思い知りながら、巨大な少女はダンプカーに跳ね飛ばされたような勢いで、宙を飛んでいた。  この付近一帯で、最も小高い山稜に雪崩れ込む、銀のシルエット。森林の薙ぎ倒される音と、高層ビルのひとつでも崩れ落ちたかのような轟音とが重なる。  土煙の立ちこめるなか、弱弱しく、少女は動いた。頭がブレる。視界が揺らぐ。3倍以上の質量の相手に、渾身の体当たりをブチ込められたのだ。軋む体を、なんとか起こそうとするが、意志を嘲笑うかのように全身がいうことをきかない。かろうじて上半身を起こす。  「ああッッ!!!」  世界が白濁する。  距離を詰めた巨大蟹から吐き出された泡が、聖なる戦士に吹きつけられる。  バシュウウウウッッッ―――ッッ・・・・  “ぐあああッッ?!!とッッ・・・溶けるッ!!私の身体が・・・溶かされていくッッ!!!”  灼けつく痛みに転げ回る銀の戦士。酸を浴びせられたように、その光沢ある皮膚の表面は侵食され、ジュウジュウと溶け出している。  “どッ・・・どこなのッッ?!!ヤツはどこにいるのッッ!!”  全身を犯す痛みに悶えながら、よろけて立ちあがった銀の戦士。左手で顔を押さえ、右手で姿の見えぬ敵を探る。  混乱する格好の標的に、手負いの巨大生物が襲いかかる!  グワッシャアアアアッッッッッ・・・・・  過疎化の進む海浜に、凄惨な光景が広がった。  巨大な赤い鋏に挟まれた、銀の少女。  さらにその残酷な鋏は、銀色の細いウエストを握り潰す。  巨大少女のアバラが粉砕される不快な音が、海岸に響き渡る。  壮絶な激痛に、悲鳴すらあげず、全身を突っ張らせる聖なる少女。  その青い瞳の光が一瞬消え・・・・また点灯する。頭頂を貫く痛みに失神し、そしてあまりの痛みゆえに蘇生させられたのだ。  奇妙にくびれたウエストから、赤い斧が引きぬかれる。  ピクピクと断末魔に震える銀の戦士。  小刻みに震え、哀れな獲物が、トドメの一撃を待って立ち尽くす。  慈悲なく怪物は、胴を輪切りにすべく、同じ箇所に裁断機を飛ばす!  ガッシイイイィィィッッッ―――ッッ!!!  先程とは違う音。  鋏に伝わる同じような手応え。だが今度の鋏は・・・閉じられない!  鋏の中にいたのは、体操選手のように180度開脚した、戦士の姿。  突っかえた両足の筋力が、鋏の圧搾する力を凌駕する―――  “捉えた――!!”  天空に伸ばしたしなやかな両手。紫の手袋の中に、輝く二つの棍棒が現れる。    光の結合体が裂帛の気合いとともに振り下ろされた時、浜辺の死闘は終演の幕を引いた―――  「・・・ナナちゃん」  背後から呼びとめられ、藤木七菜江はわずかに肩を震わせ、振り返る。  「な~~んだ、里美さんかぁ・・・ビックリしたぁ~!こんなところで名前呼ばれるなんて、思ってなかったから・・・・・」  若干引きつっていた顔が、学校の朝礼などで見知った相手を認め、光を放って輝く。  七菜江の視界に飛びこんだきたのは、彼女の通う聖愛学院の生徒会長、五十嵐里美のスラリとした肢体であった。  いつ見ても、キレイな人だなぁ・・・七菜江は思う。  少し茶色がかった髪は、肩甲骨にまで伸び、シルクを陽光に翳した時のように輝いていた。(本人も自慢の髪なんだとか)  大きいけど切れ長の瞳、よく通った鼻梁、艶やかに潤った小ぶりな唇・・・キレイというより美しいといった方が正確なんだろうか?秋の月のような美しさがあるが、今みたいに穏やかな微笑みを浮かべていると、小春日和の縁側を思わせるから、美人は得だ。しかもスタイル抜群・・・・・。落ち着いた雰囲気はわずか一コ上とは思えない。  容姿だけではない。この儚さも含んだ少女は、スポーツも万能だった。特に新体操では、オリンピック強化選手として選ばれているほどである。  幼少のころからヴァイオリンや絵画もたしなみ、テストでは上位三名から外れたことがない。要するに完璧だった。  七菜江はこれほどのマンガに描いたような優等生を見たことがなかった。しかも家系は旧華族の本家で、祖父も父も、財閥系の大企業の会長職に就いている、筋金入りのブルジョワ・・・とくれば、もはやシットする気も起こらない。  これで性格が悪ければ大ヒールの誕生なのだが、穏やかにして配慮も利き、慈愛に満ちた、という表現がピッタリくるものなので、彼女の悪口というのは、高校入学以来の2年間、聞いたことがなかった。生徒5000名を越すマンモス校の生徒会長になるのも、ごく自然な流れだと言える。  これだけ条件が揃ってしまうと、男たちが逆に恐れを為してしまうのか、浮いた話がほとんどないのが不思議であった。噂好きな友達からの情報によれば、今でも特定の男性はいないらしい。  里美を知らない聖愛生はいないが、里美に知られてる生徒は限られている。  その数少ない名誉を七菜江は手に入れていた。何故か、この誰からも尊敬される生徒会長は、七菜江のことを可愛がっていた。  「この時間にここにいるってことは・・・試合の帰りかな?」  「あったり~です。そのまま帰るのもなんなんで、ちょっとブラブラしてました」  「試合は勝った?」  長い指で作ったVサインと、夏の太陽のような笑顔が、結果を雄弁に物語る。  「ナナちゃん自身はどうだったの?」  「1点負けてるとこから出て、3分で5得点。2アシスト。ぴーす♪」  「さっすが。でもなんでレギュラーじゃないの?一番運動神経いいのに・・・」  「仕方ないですよ、体力ないもん。そこが『ウルトラナナ』と呼ばれる所以です」  屈託なく少女は笑う。  藤木七菜江は里美と違い、特に目立った生徒ではなかった。  だが、記録的なものでは何も残してなくても、彼女を知る者の中には、実に高い評価を下す者も少なくない。  七菜江の所属するハンドボール部では、確かにレギュラーではないのだが、その潜在能力はズバ抜けていた。3分間限定の試合なら、スーパーサブとして活躍する七菜江に、太刀打ちできる者はいない。聖愛学院女子ハンド部は、3年連続で全国大会に出場している強豪校だが、そのレギュラー二人がかりでも、1分限定となれば七菜江を止めることは困難なのだ。非公式ではあるが、陸上部のエースに100m走で勝ったこともある。それら数多の事実を知る者は、七菜江への認識を変える。里美もそのうちのひとりなのだろう。  肩までのショートカットがよく似合う、17歳という年齢の微妙な危うさ、可愛らしさと色香のバランスを表現したルックスは、隠れた人気だった。里美よりも肉付きのいい身体は、あるべきところに芸術的な曲線を生み、校内随一のプロポーションを誇る。裏の人気投票では、天真爛漫な性格も手伝ってか、里美に急追する第二位なのだが、本人にそういった自覚は皆無であった。  駅前の雑踏の中、蒼を基調としたセーラー姿の美少女二人は、通行人の視線を集めずにはいられない。  「・・・ナナちゃん、今日これから予定はある?」  「いえ、別に・・・寮に戻ってボーっとするぐらいですかねぇ?」  「・・・・・・・じゃあ、少し私と付き合ってくれないかな?前から一度、ナナちゃんに話したいことがあったの・・・」  「もちろんいいですよ!里美さんから誘われるなんて、嬉しいなぁ」  「よかった。では私の家に行きましょう」  七菜江のように県外からの受験者も多い聖愛学院では、その多くが、学校指定の寮に入っていた。実家から通える里美のようなタイプはごくわずかである。  「え?!里美さんのウチに?いいんですか?」  「ええ、ナナちゃんなら大歓迎よ」  「でも、お父さんとかいるんですよね、菱井銀行頭取の・・・緊張しちゃう・・・」  「フフフ。大丈夫。父も母も、普段忙しくて家にはいないの。いつも、執事がひとり、いるだけなのよ」  ホッとすると同時、里美の秘めた部分を見る思いがして、寂しさがよぎる。令嬢も、けっこう大変なのかもしれない。  「じゃあ、行きま・・・・ッッ!!!」    突如、轟音が空気を震わせる。  超高速で“何か”が降ってくる音・・・・・老夫婦も、カジュアルな格好に身を包んだ大学生くらいのカップルも、買い物袋を両手に提げた家族連れも、通行人の全てが、不気味なほど透き通った青い空を見上げる。二人の美少女もその瞳に、鮮やかな蒼を映し出す。この音を全員が知っていた。それは、巨大な物体がこの星に近付いていることを知らせる音。テレビのニュースで、あるいは現場で、誰もが聞いていた。2ヶ月前のあの日以来、忘れたくても忘れられない恐怖。  街のあちこちで高音のサイレンが神経を掻き毟り、騒ぎ立てる。心臓を爪を立てて擦られる。  あの日以来、緊急危機管理対策として早急に設置された警報サイレン。何度鳴らされても、慣れることのない不快な音波だ。    「く・・・・・来るッ・・・・・・」  爽快な蒼に、染み出るような黒点が・・・・・・二つ!!  和紙に垂らした墨汁と同じ速度で、黒が世界に広がっていく。    GYUGGGGGGGOOOOWWWッッ!!!  轟音。怯える街。  宇宙から飛来した2個の物質が、今、この地に降り立つ!    DOGOOOOOWWWNNNッッ!!!・・・・・  衝撃で七菜江の身体は、20cm浮いていた。  パリンパリン、と駅前ビルの窓ガラスが割れていく。美しく、危険な結晶のシャワー。  怯えていた人々の金縛りを、更なる恐怖が打ち破り、脳の高いところから声をあげて、一斉に人間が動き出す。  30階建てのビルの、頭一つ上。  漆黒の鎧に身を包んだ、ニ体の宇宙生物が、その顔を覗かせていた。  「こッ・・・これが・・・・宇宙生物・・・・・・」  七菜江は己の掠れた声を、どこか遠くで聞いていた。
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