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28.必要としてくれた
「あの……澤守さ」
「椋だってば」
呼びかけた声がすっぱりと遮られ、柔らかく体を抱き寄せられる。呆然と目を見張ることしかできないでいる啓の耳に椋の声が低く落ちた。
「もう、泣くな。なんにも考えないでいいようにしてやる。だから」
声に、優しい腕に、啓は理解した。
椋は全部わかっている。啓の気持ちが自分に向いていないことを。利用しようとしていることを。
闇雲に暴れて腕を振り払おうとした。けれどできなかった。強い腕の中で暴れて疲れて動けない啓を椋は抱きしめる。
「啓」
名前を呼ばれてどきりとした。淡い色彩の綺麗な目がこちらを見下ろしている。少し潤んで見えるその目を和ませて彼は微笑んだ。
「あんたの名前、やっぱり綺麗な響きだ」
なにを言っているのだろう。混乱する啓を覗き込んで椋は囁いた。
「あんたによく似合ってる。俺、好きだよ。あんたの名前。まじめで純粋なあんたにぴったりだ」
意味がわからない。自分は今、彼を身代わりにしようとしたのだ。自分を振ったあの彼の不在を埋めるために。
そう思ったら自分が情けなくて啓は唇を噛みしめた。
「純粋なんかじゃない。僕は汚い」
「ああ、そうかもな」
瞠目する啓の耳に椋の声が甘く落ちた。
「だけど、俺はあんたの汚いところも好き。だって」
大事なものを守るように椋の手が啓の後ろ頭に触れる。優しく撫でられて、こんなときなのに心地よいと思ってしまった。
「だってあんたは、俺を必要としてくれた。どんな形だって、あんたが俺を必要としてくれる。それだけで俺はいい」
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