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25.ロールキャベツ
八時に帰宅すると、マンションの自分の部屋の明かりが点いていた。本当に葵はいるらしい。入口で一瞬チャイムを鳴らそうかと思ったけれど、自分の部屋に入るのにチャイムもないか、と鍵を鍵穴へ差し込む。かちゃり、と音を立ててドアを開けると、久しく嗅いでいなかった味噌汁の匂いがした。
「ああ、帰ってきた」
微笑んだ葵の顔と居間のテーブルに並んだロールキャベツとサツマイモの甘露煮、豆腐サラダを見比べ、啓は呆気にとられて問いかけた。
「なにしてるんですか」
「料理」
短く答えてから葵は軽く舌打ちした。
「でも失敗した。ロールキャベツならオニオンスープの方が合うよな、味噌汁にすることなかったよな。作る前に気づけばよかった」
「いや、そんなことはないですけど」
鞄を居間のソファーに置いて啓は尋ねた。
「二日酔いは? 体調、悪いんじゃないんですか」
「悪かったけど、よくなってきてさ。そうなったら無性に空腹になって」
やっぱり変な人だ。首を傾げながら啓は葵の横に並んだ。
「だけどなんでここで料理を? 家に帰ればよかったのに」
何気ない一言のつもりだったけれど、そう言ったとたん、葵がむっとした顔をした。そうされて、そういえば待っていると言われていたことを思い出した。
「ごめんなさい」
とっさに謝ると、葵はむっとした顔のままコンロの火を止めた。あの、と言いかけて思い至った。多分この料理は葵自身のためにではない。啓のためだ。
無神経な言い方をしてしまった。
「気を、遣わせてしまったみたいで」
「気とか、そんなのどうでもいい」
投げ捨てるように言い、葵はふいにまっすぐにこちらを見た。
「俺はただ、あんたが笑ってくれればいいんだ」
大きな目に自分が映っている。呆然とその目を見上げ啓は一度唇を噛んで俯いた。
ずるい、と思った。今のこのタイミングで優しくされたら普通の顔ができない。
必死に自分を立て直そうと息を吸った。顔を上げて啓は葵に微笑みかけた。
「おなか、すきましたね」
葵は黙って啓を見下ろしてからぶっきらぼうに、そっち座ってて、と言った。
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