一章 追憶

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一章 追憶

  空を見ていれば、いつか貴女に逢えるような気がした。 小説をよく読んでいた貴女は、そんな展開を僕に用意してくれていると期待していた。 そんな不確かで妄想的な願いを抱いて、何年の時が経っただろう。何度春が来て、その度に旅立った貴女に想いを馳せただろう。 『……』  貴女の最後の言葉すら上手に思い出せないまま、空っぽなまま、途方もない日々を見送っている。 そこに僕だけがいないように、目指すものも、描きたい未来もないまま時計の針だけが進んでいく。  まだ僕が今よりも幼い頃、隣にいてくれたのは貴女だった。 「凪」  柔らかく、包むように僕の名前を呼ぶ。 穏やかで、少し大人びたその口調に僕は無意識のうちに心を預けていた。僕が僕でいられる場所、僕を弟のように可愛がり受け入れてくれる憧れの人。 「月さん」  少し低くなった僕の声で、もう一度その名前を呼びたい。 そしてその後に今の僕の話をして、姿を見てほしい。貴女に見せることのできなかった中学校の制服姿の僕を。今の僕に話せるような立派なことがあると、胸を張って言うことは難しいけれど。 ー*ー*ー*ー*ー 『小説を書きたいんだ』  初めて言葉にした僕の夢に、貴女は真っ直ぐな言葉をくれた。 『書けるよ、凪になら。人と人を結ぶ小説を』 ー*ー*ー*ー*ー  夢を夢のまま、背丈だけが大きくなった僕が変われるのは、きっと今しかない。 後ろめたさを抱えたまま生きていくことにはもう、別れを告げたい。 鞄から取り出したノートパソコンに残る、数年間開かれていないファイル。 ー*ー*ー*ー*ー 「小説を書く時の名前はもう決まってるの?」 「それはまだ決まってない……」  そう言葉に詰まる僕に、貴女が告げた二文字。 『結稀』 「えっ……?」 「凪が小説を書くための名前、私が想いついたこと」 「ユキ……?」 「そう『結ぶ』って字が入ってるの、人と人を結んでほしいっていう私の願いでもあるんだけどね」 ー*ー*ー*ー*ー  微笑みと共に渡された名前を僕は手放したくない。 空っぽな僕が、命を懸けて踏み入れるべき場所。 目を逸らし続けた夢との再会、今は亡き貴女と向き合う僕自身の選択。
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