告 白

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眞弥(まや)!遅くなってごめんね!」 「大丈夫、私も今着いたところだから」  身に纏われた浴衣は彼女に夏と異常な程の可愛さを与えている。 履きなれない下駄で必死に駆けてきた彼女のすこしはだけた浴衣が、私の中の何かを刺激している。 「浴衣の着付けに時間が掛かっちゃて……似合ってるかな?」 「ちゃんと可愛いから大丈夫、足痛くなったりしてない?」 「大丈夫だよ、ちゃんと絆創膏も持ってきたんだ」  そう笑いかけ、彼女は私の手を引き歩き出す。 日の沈み始めた午後六時半、夏の醍醐味である夜の華を一眼みようと、見渡す限りの人で埋め尽くされている。 私と彼女もその中の一人。 「誘ってくれてありがとね、眞弥に誘われてなかったら……私来てなかったかも」 「そうなの……?」 「部活中に運良くその話にならなかったら日付すら間違えたままだったし」 「そんなに!?」 「そうだよ、眞弥って大切なことに限って一回しか言ってくれないよね」 「私は『大切なことは一回しか言わない主義』だからね」 「それが本当に困るの……忙しいと忘れやすくなるし」 「部活も忙しかったからね、こちらこそ一緒に来てくれてありがとう」 「学園個展も近いし……帰ってから少し続きをしようかな」 「私もそうするつもり。華澄(かすみ)の作品との調整も見ながら進めていこうかな」  写真部に所属する彼女と、美術部に所属する私。 私達の在籍する学校は文化部の活動が活発で年に一度、写真部と美術部の共同個展が開催される。ペアの組み方に制限は無く、個人作品を五点ずつと共同作品を一点出展する。 「眞弥はどれくらい進んでるの?」 「個人作品はもう少しで完成しそう……でも共同作品の担当部分は迷い中かな」 「先週訊いた時よりすごい進んでる……すごいね、お疲れ様」 「調子がいいとスムーズに進むんだけどね、華澄はどのくらい進んでる?」 「個人作品が残り一点と……共同作品は全然手をつけれてないかな」 「写真は撮って終わりじゃないから想像より大変そう」 「そうだね撮影が終わっても編集の作業とかあるし、コラージュとかだと色味の調整とかも必要だから結構苦戦してる感じかな」 「期限も迫ってるけど今日はリラックスしよ!何かが思いつくかもしれないし」 「そうだね、共同作品に関しては眞弥といる時の方がアイデアが浮かぶと思う」  そう言い、彼女は首から下げた一眼レフをケースにしまう。 以前彼女から世界中の写真家の作品が集められた写真集をみせてもらったことがあるけれど、私は彼女の撮る写真が世界で一番好きだ。 見たままの美しさや綺麗さを繊細に収める彼女の業は、きっと誰にも真似できないことだと思う。 そして私が好きなのは、彼女の写真だけではない。 「華澄の撮る写真ってすごく綺麗だよね」 「眞弥はそう感じてくれるの?」 「個展準備期間に見る機会が増えてからより思ったんだよね、好きだなって思った」 「そっか……私も好きだよ、眞弥の描く絵」 「そう?」 「この間描いてた宝石がモチーフの絵、色使いも綺麗ですごく好きだった」 「……なんか照れるね」 「眞弥の絵は特別なんだよね、どんな有名画家の画集よりも眞弥の一枚の方が私にとっては大切に感じるんだ」  その『好き』の対象が彼女に直接届けばいいのに。 いっそこの喧騒に紛れて、本当の好きの相手を伝えてしまえたらいいのに。 「華澄、他に一緒に今日行きたかった人とかいなかったの?」 「いないかな、周りの子は彼氏とかで忙しいみたいだけど私には無縁の話かも」 「そっか、華澄にも彼氏いるって思ってた」 「私には生涯できないかもね」  彼女の言葉が、私にはどうも信じられなかった。 まっすぐで艶のある風に靡く黒髪、身長の割に小さい手足、話すときに自然と上がる口角と下がる目尻、女の子の可愛いを全て詰め込んだような仕草。 こんな逸材を放っておけるわけがない、私の中で全ての『タイプ』を覆した今世紀最大の『可愛い』が彼女だったのだから。 「だいぶ暗くなってきたね」 「そうだね、華澄は門限とか決まってる?」 「私の家は決まってないけど……眞弥は?」 「私も大丈夫」 「それならよかったけど、でも門限の心配なんて急にどうしたの?」 「いや……花火が終わるの、ちょっと寂しくなっちゃって」 「なにそれ可愛い、まだ始まってすらないから大丈夫だよ」  気づけば屋台の立ち並ぶ一般道路を通過し、花火を観るのにちょうどいい堤防沿いに着いていた。 人の群れは一層多くなり、少し動くのが精一杯なほど。 「やっぱり人多いよね」 「そりゃあそうだよ『アノ報道』で余計有名になったのもあるし」 「報道……?」 「眞弥知らないの?この花火の噂っていうか都市伝説」 「……初めて聞いた」 「この花火にはね……」  話を聞くと、この花火には『縁結び』と『縁切り』両方の言い伝えがあるらしい。 一緒に花火を観る相手との仲がどれほど良くても縁が切れることがあり、その逆でどれだけ疎遠な人でも結ばれる可能性がある。  そしてその花火は、数千発と打たれる中でたった一発の『白花火』のみ。 この花火が昔から『真実の華』と呼ばれているのは、その都市伝説が由来している。 隣にいる人との『本当の関係』を伝える、そんな都市伝説が隠されている恐ろしい華。 「……なんか怖いんだけど」 「私も昨日お母さんから教えてもらって最初はちょっと怖かった」 「今は?」 「怖くはないよ」 「そっか……」  彼女との一端の沈黙と、私の中の恐怖を打ち消すように花火が上がる。 どんな都市伝説を抱えていても夜に咲く華は綺麗だった。赤も青も、色なんて分類を自然と無くしてしまうほど美しく咲いていく。 観客全員の目を奪い、時間と空間を止めていく。 「綺麗だね」 「……綺麗だよ」  そうだ、空を染める華に気を取られていたけれど本当に綺麗なのは彼女だった。 純真な瞳に花火が映る、自然と上がっていく口角がやっぱり私は好きだ。そんな彼女との関係も、この華と共に消えてしまうのだろうか。 「……」  消えてしまうのなら、この名前のない関係すら無いものとなってしまうのなら、私は最後に貴女に触れたい。 頭を撫でることも、あからさまに身を寄せることもできないけれど。 気づかれないように、貴女の無防備な手に触れる。花火に気を取られ、きっと私のことなんて視界にすら入っていないだろうけど、それでいい。 今この瞬間、貴女と花火を観れてよかった。 『好きだよ』  触れた手が、強く握り返される。 触れた指が交わる、彼女の綺麗な横顔がだんだんこちらに向き、目が合う。 「えっ……?」 「聴こえなかった?私『大事なことは一回しか言いたくない主義』なんだけど」 「華澄……」  切れてしまうと思っていた縁が、結ばれることもある。 ふたりは確かに、真実の華を観ていたのかもしれない。 「眞弥は?」 「え?」 「この夏は私の片想いで終わり?」  違う、私は確かに貴女のことが。 私の心を掴んで、戻れないほど揺れ動かした貴女が。 『好きだよ』  私の言葉を誘いながら、頬を熱らせる彼女が愛おしい。 手で顔を隠しながら、小さい手では隠しきれていない可愛らしさを溢れさせている。可愛いよ、今も。 「眞弥」 「ん?」  振り向いた瞬間、レンズからの光に撃たれた。 一眼レフを下ろして覗く、微笑む彼女の可愛さにもう一度強く撃たれる。 「みてこれ」  火照りを残しながら笑う彼女が向けた画面には、当然だが私が映っている。 「これが……どうしたの?」 「私の『彼女』可愛すぎるでしょ?」 「……」  何も知らない無邪気な子供のフリをして、どこまでも少女漫画に忠実な女の子。それが私の彼女。 「知ってる?その彼女の彼女も可愛いらしいよ」  目を逸らしながら、浴衣の袖で顔を隠す。 花火の光の全てが、彼女を照らしているようで余計に目が離せなくなった。 「あ……」 「花火終わっちゃったね」 「……眞弥」 「ん?」 「私まだもうちょっと一緒にいたい」 「奇遇だね、私もだよ」  少し歩いて、コンビニへ立ち寄る。 缶ジュースと手持ち花火を片手に河川敷へ向かう。 「眞弥は可愛いよ、本当に」 「……急にどうしたの?」 「眞弥が好きなことに一生懸命になってるところを隣で見れることが、私の夏の幸せだった」 「こっそり撮ってるのバレてるからね」 「えっ嘘……」 「嘘、その反応は本当に撮ってたんだ」 「……試すようなことしないでよ」  『揶揄わないで!』と彼女は頬を膨らませる。そんな少し抜けているところにすら、私はすでに虜になっている。 「でもそれくらい眞弥は可愛いから」 「……」 「私の初めての恋人が、眞弥で嬉しいよ」  人の少ない河川敷、街灯の下に腰を下ろす。 手持ち花火についてきた団扇でふたりを仰ぐ、目を瞑りながら風を感じる。いつもと少し違う空気に浸りながら、目を開ける。 「ねぇ華澄、ちょっとだけカメラ貸して欲しいな」 「いいけどどうして?」 「華澄の写真も残しておこうよ」 「……可愛く撮ってね」 「大丈夫、どこを切り取っても可愛いのが貴女だから」  緊張気味に手渡す彼女の手に、手持ち花火を差し出した。 上手にライターの火をつけられない瞬間、突然付いた火に驚く顔、はだけた浴衣を抑えながらしゃがむ仕草、一瞬一瞬を記録していく。 到底、私の脳内での記録には追いつけないだろうけど。 「ライターの火、付けるの難しいね」 「なかなか使う機会もないからね、華澄は手も小さいし難しいかもね」 「まぁいいじゃん、将来タバコを吸わない伏線だよ」 「そうなのかもね」  彼女の言うように、彼女にタバコは似合わない気がする。 可愛らしい女の子の大人っぽい行為も刺さるものがあるけれど、彼女は幼いままで充分過ぎるほど魅力を持っている。きっと、彼女がどんな大人になったとしても愛してしまうのが私なのだろうけど。 「華澄、これ渡すの忘れてたね」 「あっ私が飲みたいって言ってたジュース!覚えててくれたの?」 「もちろん、私も同じの買っちゃったよ」  両手の塞がっている彼女に缶ジュースの口を開けて手渡す、不器用に口に注ぎながら微笑む。 「これもいつかお酒になってるのかな」 「どうなんだろうね」 「ねぇ眞弥」 「ん?」 「これがお酒に変わるまで、一緒にいようね」 「嫌だ」 「……え?」 「変わっても、一緒にいようよ」 「そんなの当たり前だよ」  花火が尽き、帰り支度をする。 名残惜しさを残しながら、遠回りで家へ向かう。 数時間前より温度を感じやすくなった距離で、貴女に愛を囁く。 叶うことなら、来年も貴女と花火大会に行きたい。それを口実に、隣で綺麗な浴衣姿をみたいたい。次に告げられる真実は何になるのだろう、どうか幸福の詰められたものでありますように。 来年は最初から、貴女の手を繋げますように。      
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