二人目 『おめでとう、幼いままの先生』

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二人目 『おめでとう、幼いままの先生』

「先生が来てるかもしれないから車があるかどうか駐車場見てきてくれない?」 「わかった!じゃあ教室の装飾お願いね」  年に一度、ホームルーム前の時間との戦争。 「背が高い男子は黒板の上に風船貼って欲しい!」 「はーい、膨らませたの渡してくれると助かる」  机の配置を変え、カーテンを閉める。 騒がしい室内には緊張とそれを遥かに上回る高揚した感情で溢れていた。 「おはよー」 「嘘……いつも遅刻してくるのに……こんなに早く来るとか天才じゃん」 「俺でもこんな日に遅刻するわけないだろ、手伝うから何したらいいか教えて」  教室の隅に積み上げられた通学鞄の山にまた一つ、鞄が増える。 勢いよく袖を捲り輪に入る。 「先生の車到着!何人か廊下警備行って!」  完成に近づく教室に警告が響く、床に散らばった塵を掃き最終確認作業に移る。 残り時間は十数分。 「風船、黒板、クラッカー……カーテンの装飾もいい感じだね」 「こっちももうすぐ終わるよ」 「了解!あとはメインの……」 「みて!最高の出来じゃない?」  誇らしげな声の方向を向く。 「めっちゃいいじゃん!すごすぎる!」  クラスメイト一人ずつが持ち寄った大量のお菓子でつくられたタワー、そのパッケージの一つ一つにそれぞれからのメッセージが記されている。 「そろそろ先生くるかも、一旦待機だね」  非日常感に溢れた教室を見渡す、数分後の表情が待ち遠しい。 「本当にあとちょっとで先生来る!準備大丈夫!?」 「こっちは完璧!」  廊下で待機していた数名が息を切らして入室し、一層緊張が高まる。 それから数秒、扉に手を掛ける音が聞こえた。 「おはようホームルーム始めるから席に……って」  沈黙、戸惑い、興奮。 「先生!お誕生日おめでとー!」  沈黙を打開するようにクラッカーと歓声が響き渡る。 全てを解き放ったように手を叩く、飛び跳ね、困惑する先生を取り囲む。 「朝から準備してくれたのか……?」 「当たり前だろ!年に一回の特大イベントは盛大にやらなくちゃな」  気の良くなった男子が先生の背に勢いよくもたれる、歓声を煽る声が重なっていく。 「ねぇ先生!これ見てよ」  一人の女子生徒が先生に駆け寄りスマートフォンの画面を見せ、再生ボタンを押す。 「これは……?」 「インスタでやった前日カウントダウン、クラス全員分のをまとめた動画なんだ」  クラス行事の一瞬を切り取った写真とメッセージ、今日という日に向かって刻まれていくカウントダウンを詰め込んだ数分の動画。 「こういうの見るの先生初めて?」 「教師になってこんなサプライズ初めてだよ……本当にありがとうな」 「泣かないでよーほらこっちの教卓もみて」 「これみんなでつくったのか?」 「他に誰がいるの!ー箱ずつちゃんと見てよ、みんなからのメッセージ付きだからさ」  今年度から赴任してきた新任教師の彼、普段から歳の離れた兄弟のように接してくれる彼にとって、今日は年に一度の特別な日。 そして教師人生初めての特別を味わう瞬間、どの行事よりも団結した数分間。 「一旦ホームルームにしたいから話はまたあとで……本当にありがとう」  大人になったような気がしていた私たちは、きっとまだまだ子供だ。 誰かと声を交わし、一つのことに力を注ぐ、幼い子供のように騒ぎ、笑う。 この幼さだけは、失くさないまま大人になっていきたい。そう、この目の前で泣きじゃくる青いままの先生のように。      
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