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三人目 『静かに』
「志麻、隣」
目で応答し、静かに手を差し出す。
静かに広げノートの隅と同化したメモ用紙に返答を書く。
「横尾、コレ」
寝かけている彼の背を突き、手渡す。
四時間目の社会経済の授業。退屈の中にスリルを求める僕等の攻略法。
「志麻、よくお前先生にバレないよな」
「まぁ先生って言ってもおじいちゃんだからな、優しさだよ」
板書するフリをしながら、多方面から回ってくるメモ用紙に目を通す。
『明日の五限って特別講師の授業?』
『その予定、しかも一時間講義』
『まじか……部室に逃げてみるw?』
『お前単位ギリギリのくせに何言ってんだよw』
くだらない会話が書き連ねられた紙、使いまわされてくたびれた雰囲気に、僕は思い出を感じている。きっと卒業して大人になっても、僕はこのくだらない瞬間を思い出す。
「三十日……三十番、横尾ここの問題解けるか?」
「えっと……」
下から手を伸ばし、彼の手の甲を突く。
『六、証明は左のページに書いてあるやつ数字だけ変えればできる』
おそらく感謝を伝えているであろう目配せが返ってきた。
「回答が六で、証明は……」
「横尾この問題苦手だったのに頑張ったな、正解!」
孫を褒めるかのように微笑む先生に若干の照れを隠しながら彼は席につく。
「志麻って授業聞いてねぇ癖に勉強できるのズルいよな」
「うるせぇなこっちはこっちで対策してんだよ」
「とか言って『勉強できる』って言われて嬉しいんだろ?素直に喜べよ」
小突きながら茶化す。数秒前の絶望の表情を彼自身に見せてあげたい。
「そんなこと言ってないで、ほら隣から回ってきてるぞ」
慣れた手付きで受け取り、中を見る。
口を覆いながら笑いを堪える彼は、何も書き加えずにその紙を僕に差し出した。
「志麻、コレ見てみ?」
「なんで何も書き加えないんだよ」
「いいから!早くみろ」
忙しく渡された紙を若干躊躇いながら開ける。
『沙英ちゃん寝てるぞ、横尾、そのまま隣に流して志麻に伝えて』
前髪で視線を隠しながら、斜め前のあたりを見る。
薄く目にかかった流し前髪の奥には、大きく可愛らしい目が見えた。頬のあたりに添えられている手が愛おしい、一秒でも長く彼女を見ていたい。
普段は言葉すら交わすことのできない彼女を、男らしさもなく眺めている。この瞬間が幸せだったりする。
「志麻ー、愛しの沙英ちゃんはどうですかー」
「っおい……!」
勢いで立ち上がりそうになる、教室前方から声が聞こえた。
「志麻、どうかしたのか?」
「先生すみません、なんでもないです」
謝罪に隠れながら隣で揶揄う彼の手をつねる。
赤面を抑えながら視線を戻すと、目覚めて微笑む彼女と奇跡的に目が合った。
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