2-3 だって、わかってしまったの。

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2-3 だって、わかってしまったの。

 後日、ジョンズワートがアーネスト家にやってきた。  彼が身に纏うのは、白をベースに青を取り入れた正装で。  やはり、金髪碧眼の彼によく似合っていた。  父親からあんな話をされた直後だったから、カレンにも、ジョンズワートの目的はわかっていた。   「久しぶりだね、カレン」 「……そう、ですね。ジョンズワート様」  ジョンズワートの言う通り、こうして会うのは本当に久しぶりだった。  元より上背のあったジョンズワート。23歳となった今では更に身長が伸び、カレンは彼を見上げなくてはいけない。  カレンの周囲にいる男性と比べてもジョンズワートは背が高く、すらりとしていてスタイルもいい。  カレンが怪我をしたあのときから、8年が経ったのだ。  当時はまだ少年らしさも残っていたジョンズワートは、すっかり大人の男になっていた。  よく整えられたクリーミーブロンドと深い青の瞳からは、落ち着きと気品が感じられる。  彼が柔らかく微笑んだら、多くの女性は心を奪われてしまうだろう。  ……きっと、サラだって。彼のそばにいれば、恋に落ちるに決まっている。 「……いい天気でよかった」  二人で庭へ向かう途中、ジョンズワートがそう呟いた。  この土地としては珍しく、今日は穏やかな日差しが降り注いでいた。  だからか、カレンとジョンズワートは、アーネスト家の庭で話すことになっている。  今頃、庭の一画でお茶の準備が行われているのだろう。  ジョンズワートとともに歩きながら、カレンはちらりと彼を見上げる。  月並みな言葉だが――やっぱりこの人は素敵だ、大人になった姿もとてもかっこいい、と思った。  近くを歩いているだけでぽーっとしてしまうぐらいだ。  何人もの男性に会ってきたけれど、こんな風にはならなかった。  見た目だけでいえば、ジョンズワートに並ぶほどの人もいたのにだ。  いつも近くにいるチェストリーなんて、容姿だけで食べていけそうな美形である。  それでも。カレンがときめくのは、ジョンズワートなのである。    ジョンズワートのことは、過去や思い出にしたつもりだった。  けれど、こうして彼と共に歩いたことで、わかってしまった。  カレンは、今もジョンズワートのことが好きだ。  他の誰とも違う。こんな気持ちも、こんな胸の高なりも、他の人に感じたことはない。  庭に用意されたテーブルまでたどり着くと、それぞれ席につく。  アーネスト家の使用人が二人にお茶を出すところまで済んだら、ジョンズワートが口を開いた。 「お父上から、聞いているとは思うけれど」  彼はそこで、一度言葉を切る。  目を閉じながら深く息を吸って、吐いて。  それを何度か繰り返した頃に現れた青い瞳は、ひどく真剣な色を宿していた。 「カレン。改めてきみに言う。僕と、結婚して欲しい」 「……っ」  予想通りの展開だった。  前に同じ言葉をもらったとき、カレンはひどいことを言ってジョンズワートを傷つけた。  怪我をさせた責任を取るだなんて形で結婚を決めて欲しくなくて、カレンなりに必死だったのだ。  それなりの年数が経過したが、今もカレンの額にはくっきりと傷がある。  指の先から第一関節ぐらいまでの長さだろうか。それが、額のはじっこに。  前髪で隠すのは簡単だが、髪型を変えたり、風が吹いたりすれば、傷跡が見えてしまう。  ジョンズワートはきっと、まだこのことを気にしているのだろう。  今のジョンズワートには、カレンとは別に、大切な人がいる。  だから、今回もきっちりお断りしなければいけない。  ここでしっかり拒絶すれば、今度こそカレンから解放されるはずだ。  彼の幸せを願うなら、今ここで、嫌だと言わなければ。  なのに。カレンの口は動かなかった。  彼の顔を見ることができず、カレンは下を向く。  ジョンズワートへの恋心が生きていることを理解してしまったカレンには、頷くことも、首を横に振ることも、できなかった。  ジョンズワートが欲しい。責任を取るという理由でもいいから、彼と結婚したい。  そう、思ってしまったのだ。  黙って俯いてしまったから、カレンは知らなかった。  ジョンズワートが、とても苦しそうにカレンを見つめていることを。
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